社会派アントレプレナー


 最近、アメリカでは「社会派アントレプレナー」という言葉がよく聞かれます。97年3月、スタンフォードビジネススクールでは、社会アントレプレナーシップに関する会議を主催し、授業にも取り入れられています。
 ホームレスを対象とした非営利団体の営利事業創業のために資金援助をするロバーツ財団が、社会派アントレプレナーを目指す人のために出版した『新社会派アントレプレナー』では、「ソーシャルワーク、地域社会開発、ビジネスなどの経験を有し、国の経済主流のふちにいる人々の機会を増やすために社会目的を持ったビジネスを創出することによって経済的エンパワーメントを追求する非営利管理者」と定義されています。つまり、営利事業をツールとして、社会奉仕を目的とした非営利事業を行う人のことです。
 こうした背景には、政府からの補助金や企業・個人からの寄付金は減る一方、麻薬中毒者、エイズ患者、ホームレス、家庭内暴力などの増加により、社会サービスの需要は増えており、非営利団体は、資金源の確保、経済的自立を迫られているという現実があります。先のロバーツ財団では、これまで10団体24事業に資金援助をしており、「我々は社会ベンチャーキャピタリストですよ」と同財団代表、ジェッド・エマーソン氏は言います。
 サンフランシスコにあるジュマベンチャーズは、家出・非行少年少女を保護するラーキン街青少年センターからのスピンオフで、ベン&ジェリーズのアイスクリーム店を経営しています。伝統的なソーシャルサービスだけでは麻薬、売春、ホームレスに陥った少年少女を社会に復帰させることはできないとその限界を感じ、社会復帰に必要なスキルや経験を得られるよう、彼らに働く場を与えるため、7年前、営利事業に乗り出したのです。
 アイスクリーム店のフランチャイズ、ベン&ジェリーズは、社会奉仕活動に熱心な企業として知られ、「パートナーショップ」となる非営利団体に対し、25,000ドルのフランチャイズ費と15,000ドルの研修費を免除しています。93年、ジュマは、約2,000の応募団体の中から全米第3のパートナーショップに選ばれました。現在、ベン&ジェリーズの全米160店舗のうち、5店がこうした非営利団体とのパートナーショップであり、そのうちの2店をジュマが経営しています。
 ジュマでは、これ以外に、公園のアイスクリーム売店、アイスクリームの仕出しサービスを経営しており、開店3年目の97年度の売上は90万ドルに達しています。営業利益は、職業訓練や新事業の設立に使用されます。 
 非営利の場合、本来の目的にかなったサービスに対する収入に対して所得税は免除されますが、それ以外の活動から得た収入に対しては課税されます。
 これまでにジュマが雇って訓練した若者の数は149人。彼らのほとんどが、学校に通いながら、週に15〜30時間働きます。主はあくまでも勉強であり、ジュマは経験を積み、スキルを取得する場、実社会への踏み台です。
 ジュマでは、パートナーショップを通じ、接客などのビジネススキルだけでなく、仕事を休んだり、遅刻する場合は連絡するといった生活スキル、将来のために今努力することの大切さ、感情コントロールなどの情緒スキルを教えています。
 ジュマのプログラムを通じ、若者は、学校での勉強が実社会に関連していること、特に数学の重要性を理解し、生活態度を改め、自分に自信を持つようになるそうです。ジュマに来るまで「大学には進学するのか」と聞かれたことがなかったというエルサルバドル出身の少女は、今では大学に通い、元ホームレスの少年は、ジュマでの経験を生かし、年収2万ドルの就職先を見つけています。
 ソーシャルサービスで働いて15年になるというジュマの創立者、ダイアン・フラネリー氏は、「ジュマベンチャーズを始めてから若者に生じた変化は、それ以前の15年間に経験した変化よりも大きい。二度と元の非営利方式に戻る気はない」と営利事業を取り入れたプログラムの成果を語ります。
 非営利が営利へと移行すると同時に、ビジネス社会から社会奉仕に転向する起業家も増えています。彼らは、従来、プロセス志向で、意思決定が遅く、リスク回避的な非営利団体の文化に、成果志向で即決即行のビジネス文化を持ち込んでいます。起業家らは、起業によって経済を立て直したように、社会問題に取り組み、社会の建て直しにも乗り出したというわけです。
 ワシントンDCで、低所得層の機会に恵まれない若者に起業方法を教える起業家開発研究所(TEDI)のメリッサ・ブラッドリー代表も、そうした社会派アントレプレナーのひとりです。ブラッドリー代表は、大学を卒業をして1年後に、企業向けアウトプレースメントのコンサルティング会社を設立。(23歳のアフリカ系女性ということで、融資を受けられるわけもなく、わずか250ドルでの起業でした。)売上が100万ドルに達したその会社を3年後に売却し、その資金でTEDIを設立しました。
 TEDIでは、これまでに26都市で15000人以上の若者を教育。小学生による小学校の売店、10代のシングルマザーらが起こした英語とスペイン語のバイリンガルの子供向けぬり絵本出版、高校生によるビジネススキルを教えるゲーム開発製造など、75の事業計画書を作成し、600以上の職を生み出しています。ビジネスアイデアは、若者たちが独自で考え、実際に市場調査をしてニーズを確認します。TEDIでは、起業のために少額のローンも行っています。
 経営者となった子供たちの変化は目覚しいそうです。麻薬や犯罪からは足を洗い、生活態度は改まり、学校での成績、特に算数の成績が向上します。大学進学など長期的計画に興味を持ち、ビジネス経験、ロールモデルとの出会いを通じ、自分に自信を持つようになります。もちろん、生活保護に依存することがなくなるといった経済効果もあります。「起業教育は、麻薬や犯罪に取って代わり、経済的自立の手段となり、学校での成績向上につながるもの」とブラッドリー代表はその威力を強調します。
 営利事業と非営利事業の両方の運営を経験したブラッドリー代表は、両者の運営方法に基本的に違いはないが、市場が必要としているものを提供するかしないかという違いがあると言います。非営利の場合、「低所得層のアフリカ系の子供たちではなく、他の子供たちであれば資金を出す」「OOという名前を使えば資金を出す」というヒモ付き資金援助が多く、必要とされていないサービスを提供する結果になることがあるからです。また、利益による量的評価をし、顧客が誰であるかはいとわない企業の株主と違い、非営利の資金提供者は、誰に対してサービスを提供し、どのように資金が利用されているかという質的評価を下すというのです。
 ジュマの最高財務責任者、クリス・デイグルマイアー氏も、「二つの非常に異なった文化のバランスを取るのがもっとも大変」だと言います。営利に走りすぎるとよい社会サービスが提供できなくなり、社会奉仕にばかり専念すると財政状態が悪化します。非営利の場合、売上が落ちたからといって、従業員をレイオフするわけにはいかないのです。「何ヶ月もかかって経済的に独立させた元生活保護需給者に、また生活保護を受けさせるわけにはいかないのです」 営利事業を営む非営利団体は、社会奉仕と利益という「ダブルボトムライン」を満たさなければならないわけです。
 「経営方法は営利とは変わらないが、非営利の場合、『この製品によってどれだけの利益をあげるか』ではなく、『どれだけの人を助けられるか』を常に考えなければならない」というのは、シリコンバレーにあるアーケンストーンのジム・フルクタマン代表です。アーケンストーンでは、視覚障害や読書障害を持った人々のためのハイテク読書ツールを開発しています。
 読書ソフト、「オープンブックアンバウンド」は、スキャンした本や雑誌のテキストを音声に変換。現在、インターネット用にしゃべるブラウザ、「ウエブスピーク」も開発中です。
 また、電子地図とGPS(衛生測位システム)を利用した音声ナビゲーションシステム「ストライダー」は、プロトタイプが10台完成しています。(現在、生産化のための資金集め中。)
 同社(?)の製品は、英語以外に、ポルトガル語、デンマーク語など、12のヨーロッパ言語を話し、40カ国以上で使用されており、ディーラー数は、日本を含め、25カ国100以上にのぼります。
 また、同社の従業員25人の2割、ディーラーの半数が全盲者を含む視覚障害者です。
 大学時代にパターン認識技術に出会ったフルクタマン代表は、卒業後、会社を設立し、OCRを開発。しかし、企業が、視覚障害者のための読書ツールの開発販売に力を入れる気がないことを知り、89年に、非営利団体としてアーケンストーンを設立しました。
 「アメリカの人口の約2%、430万人の視覚障害者、15%の学習障害者にも平等に情報へのアクセスを提供すること、テクノロジーを機会に変換すること」を使命としています。 営利事業を開始したからといって、資金繰りが楽になるわけではありません。営利事業であれば、融資を受けたり、株式を発行したりできますが、非営利の場合、融資をしてくれる金融機関はなかなかなく、利益の外部への配布もできません。損益分岐点に達するのに20年かかったという団体もあります。
 特にアーケンストーンのようにハイテク事業に従事していると、資金のほとんどが開発コストに費やされます。「できるだけ標準の技術を利用し、視覚障害者向けに改造することによって、コストを抑えるようにしている」というアーケンストーンでは、ハイテク企業からの寄付金や機器の寄贈を受けています。
 TEDIのブラッドリー代表は、地域社会の人々に投資してもらう「コミュニティ株」の発行を予定していますが、非営利団体が利益を配布することは法的に禁じられているので、今、この点をクリアするのに知恵を絞っています。
 「法的拘束の少ない営利事業の経営の方が楽」というブラッドリー代表は、将来、営利でコミュニティ銀行の開設を計画しています。コミュニティベースのベンチャーインキュベーター、ベンチャーキャピタル、少額融資など、コミュニティの起業家育成、ベンチャー支援を行うのが目的です。
 「公的援助、非営利サービスというのは、基本的に“一時的介入”であるべき」と信じるブラッドリー代表は、TEDIのサービスが必要なくなってこそ、TEDIの目的が全うされると考えています。TEDIの目的は、コミュニティへの情報とビジネススキルの移転だからです。
フルクタマン代表も、「視覚障害者が必要としている機能が、コンピューターの標準装備となり、社会の全員にとって情報へのアクセスに対するバリアがなくなること。私たちが目標としているのは、そうした日です」と、二人とも、廃業できる日を待ち望んでいます。


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