「不動産コンサルタント」と聞いて、ふつう思い浮かぶのは、不動産販売業者ではないだろうか。タイでも、不動産コンサルタントといえば、一般に不動産エージェントやブローカ−のことを指す。そうした中、不動産販売や仲介業は行なわず、不動産の調査鑑定に専念する会社がバンコックにある。
1991年にソポン・ポーンチョクチャイ代表によって設立されたAgency for Real EstateAffairs(不動産業務エージェンシー)は、国内外企業、タイ政府官公庁、外国大使館、国際機関向けに不動産調査鑑定を行なっている。ブリジストン、いすず、熊谷組などの日本企業も同社のクライアントに含まれているが、たとえば、こうした企業がタイで土地を購入するために、地域の調査や将来の物件価値を計る調査を依頼する。
こうしたカスタムメードの調査以外に、同社は、94年に不動産索引サービスを開始した。この会員制サービスは、月ごと、四半期ごと、半月ごとに不動産の調査結果を会員に報告するものだ。毎月行なわれるのは、バンコック首都圏を中心に、住宅、商業、工業、レクレーションのあらゆる分野での新規物件を調査し、物件概要と分析結果を報告書にまとめ、会員に配布する。
四半期ごとには、市場で販売されている約2000の住宅物件に関し、販売状況を調査。さらに半年ごとに、バンコック首都圏を除く70の県での住宅開発を調査する。この調査は2万キロの範囲に及び、「全国レベルで住宅鑑定を行なったのは当社が初めて。これだけ完全な市場リストは他にありません」とポーンチョクチャイ代表は自負する。この報告書は1万部発行され、書店でも販売されている。
この不動産索引サービスは、年会費約16万円、会員は大手不動産開発業者や金融機関など120社にのぼる。また、調査結果はオンラインで情報販売会社にも提供される。
同社のように二次的資料は使わず、実際にフィールド調査を行なうのは、業界では稀だという。特に、これらのプロジェクトは、クライアントに依頼されて開始したものではなく、同社が自主的に実施したものだ。「官公庁が同様のプロジェクトをやると、人員もコストも2倍かかるのでやらない。また、利益が少ないので私企業も着手しようとしない」 つまり、同社は隙間のマーケットを狙ったといえるだろう。
「外国資本が入った国際不動産コンサルタントの中には、当社より規模や収益は2ー3倍といっところもあります。こうした大手は、仲介や不動産管理を主とし、利益の少ない調査や鑑定は行なわない。たとえば、仲介業からは1千万円単位の手数料が入るが、調査鑑定はせいぜい200万円くらいにしかならない」。さらに、「コンサルティング業は、大きな資本を必要としないので、我々のような小さな会社でも優れた情報さえつかんでいれば、大手を相手に競争できる。特に地元の市場に関しては、外国人よりタイ人の方がずっと精通していますからね」(ポーンチョクチャイ代表)
「我々のビジネスにおいて重要なのは、常に画期的なプロジェクトを生み出すこと」という同社では、創立以来、ずっと独自のプロジェクトを開発してきた。89年には、不動産ブームとその衰退サイクルを予測する業界初のモデルを構築。91年には、16タイプの土地区分を示した5000分の1の商業地図を制作。これほど詳しい地図も、業界で初めてだったという。
また、同社では土地鑑定にいち早くコンピューターを取り入れ、CASAというコンピューターによる大量鑑定を実施している。これは、多重回帰分析を用い、土地の価格に関する様々な要因を検討するシステムだ。たとえば、道路の幅や奥行き、道路が舗装されているかどうか、物件への出入りはしやすいかどうかなどの要因で物件価格がどう変わるかを見ることができる。現在、タイでこのシステムを用いているのは、同社のみだそうだ。「これを使いこなせるだけの技術を持っているところは、他にないですね」将来、不動産価格が町ごとに計れるようになれば、いろいろな場所での土地鑑定用にエキスパートシステムを構築するつもりだそうだ。
同社の宣伝広告は、データベースに入っている6000社を基に発行するダイレクトメールと、不動産開発業者や金融機関向けに、パネリストを招いて年に数回行なう有料のセミナーが中心である。この他、銀行、新聞、不動産開発業者がスポンサーとなって、消費者向けに「住宅の購入の仕方」というセミナーも開催している。このセミナーは無料だが、同社にとってのメリットは大きい。参加者から得られる情報は、不動産開発業者らにとって非常に有益であり、同社では、これを市場調査の資料として利用できるからだ。「変化の激しい不動産市場では、常に新しい情報を得ることが鍵ですからね」
同社は、近い将来、消費者向けに最新情報を載せた月刊雑誌を発行する予定である。いわば、日本の『住宅情報』誌にあたるだろう。この雑誌からは約5千万円の収益が見込まれているが、「開発業者の誇張した広告は載せず、本当に消費者に役立つ中立の情報しか載せません」とポーンチョクチャイ氏はいう。
同社に一貫して見られるのは、「金儲けのためであれば、何でもやるということはしたくない」という彼の経営精神である。同社が仲介業を一切行なわないのも、「仲介業では、大きな不動産業者には太刀打ちできない」という戦略的な理由だけではない。「仲介をすると、物件を客観的に評価できなくなる。同じ理由で、当社では不動産開発もしません」
「人材を育てるのが一番大変」というポーンチョクチャイ代表だが、設立時、5人しかいなかったスタッフが、今では65人に増えている。「金儲け主義ではない、社会貢献をしたい」という姿勢は、従業員の採用方針にも見られる。
ポーンチョクチャイ代表は、内陸部の貧しい農村から出てきた少年少女を雇って、コンピューター・オペレーター、タイピスト、メッセンジャー、測量士へと育ててきた。たとえば、15才の少女を、まずは自宅でメイドとして雇い、本人にやる気があり、能力もあると見れば、会社で仕事に就かせる。コンピューターを学ばせて、今では統計分析システムさえ使いこなせるようになった。また、単車を乗り回していた少年を使い走りとして雇い、写真撮影やレイアウトまでできる測量士に育てる。
大卒者の採用にあたっても、重視するのは、一生懸命働く気があるか、伸びる可能性はあるか、寛容で品行方正かという点である。「いくら能力はあっても自己中心的な人は採りません」
ポーンチョクチャイ代表は、大学で社会福祉を専攻し、元々スラム開発に関心を持っていた。大学卒業後、アジア工科大学の土地住宅学科修士課程に進学。卒業後、さらに、ベルギーで住宅開発、台湾で不動産鑑定を学んだ。84年、27才で、スラムの援助活動を目的に、都市調査行動研究所というNGOを設立。同年に、同氏は、バンコックで最大規模のスラム調査を行なっている。自らスラムを訪れて、フィールド調査を行ない、それぞれ30人の職員を抱える2つの行政チームよりも多くのスラムを発見した。
「一般に、スラムというのは地方から都会への移住の結果起こった現象であり、スラムの住民は皆、貧しく、スラムは増大し続けているなどという神話があります。でも、調査の結果、これは真実ではないということがわかったのです。スラムの住民を他の場所に移住させることは可能であり、スラム問題というのは解決できるのです」
しかし、「NGOには、社会問題を実際よりも大きく、色づけしようとする傾向がある。彼らは意図的に発展途上国の貧困層をいつまでも貧しく描写しようとしているのではないかとさえ思う。その方が資金集めがしやすいですからね」 こうした考えのポーンチョクチャイ代表は、NGOの有力者たちとと衝突し、NGOを去る結果となった。
有力者らに睨まれた彼は、その後、就職口を見つけるのに苦労した。しかし、「同じ分野で自分の力を証明してみせる」と心に決め、87年、不動産の技術的コンサルティングや鑑定を専門とする会社に入社。4年後、約80円万の資金で、Agency for Real Estate Affairsを設立した。設立時には、日本企業が数社、前払いで調査報告書に広告を出してくれて助かったそうだ。
同社では、近い将来、自社ビルを建設する予定である。さらに、国内に支社を設け、近隣諸国にも進出したいと考えている。今やビジネスマンとなったポーンチョクチャイ代表だが、スラムへの情熱を失なったわけではない。将来、「スラム用に賃貸住宅を開発したい」と願っており、「国のためになるようなボランティア活動をしたい」と若き日の理想を抱き続けている。