スペイン


プロセルリンプ有限会社(PROSERLIMP S.A.)



1992年のオリンピックで一躍有名になったバルセロナ。オリンピックを契機に、テレコミュニケーション、建設業、観光業などが著しく発達したが、バルセロナを首都とするカタルニヤ自治地区は、昔から産業や貿易の中心地として栄えてきた。スペインの総面積の8%、総人口の18%を占めるだけにもかかわらず、カタルニヤは、スペインの総生産の4割、輸出の4割を担っている。外国企業の投資も盛んであり、多国籍企業の数は2000社以上にのぼり、日本企業も数多く進出している。

こうした産業の中心地としての発展は、「金儲け主義でケチ。しかし、クリエイティブで起業家精神に富む」と言われるカタルニヤ人の気質に負うところが大きいだろう。90年頃、失業率の増加に頭を悩ましたスペイン中央政府は、失業者を対象に起業資金を提供したが、その資金の受給者の9割以上がカタルニヤの出身であったという。

カタルニヤでは、特に家族経営の企業が多く、大きな多国籍企業に成長したカタルニヤ企業には、元々家族経営で始まった企業が多いといわれる。

バルセロナにある清掃会社、プロセルリンプ有限会社も、母と息子・娘による家族経営だ。同社では、ビル、事務所、ショッピング・センター、工場、ホテル、学校、映画館、建設現場、地域コミュニティなどの清掃やメインテナンスを主な事業としている。

社長のホセフィーナ氏は、若い頃から、家計を助けるために、アパートなどの清掃を行なっていた。ある日、家族の間で起業が話題にのぼったときのことだ。自ら行なってきた清掃業が心底好きなホセフィーナ社長は、清掃会社を設立することを提案した。同じ会社に20年勤める口数の少ない父親以外、息子も娘も母親のアイデアに賛成した。息子のチャビエル氏は、それまで様々な職を転々とした後、政府の失業者向け起業資金を受けてカーステレオの設置業を始めたが、うまく行かず、一年で廃業したところだった。娘のアンヘレス氏は会社勤めをしていたが、将来性のない事務の仕事を続けるよりも、家族と一緒に会社経営に参画する方を選んだ。

こうして、家族三人は、PROSERLIMP社(PROfesionales de SERvicios de LIMPiezaの頭文字をとったもの。清掃サービスのプロフェッショナルの意)を設立。ホセフィーナ社長は、長年、清掃員をして貯めた貯金をすべて、創業資金として注ぎ込んだ。事務所を借り、中古の机二つでの出発だった。

しかし、お客といえば、ホセフィーナ社長の以前からのクライアントが3社あっただけである。それまでとは違い、事務所の家賃や従業員の給料も支払わなければならない。初めの2年は赤字で、資金を得るために、チャビエル氏の駐車場を売らなければならなかった。この売却代が300万ペセタ(約280万円)、その後、銀行から100万ペセタ(約90万円)を借金した。

しかし、そんなプロセルリンプ社に、1992年、転機が訪れた。バルセロナでオリンピックが開かれたその年、電話帳{イエローページの方がよいでしょうか?}で同社の広告を見たオリンピック委員会が、選手や関係者用の宿泊施設の清掃を依頼してきたのだ。しかし、200戸のアパートを土日で清掃しなければならないという。当時、プロセルリンプ社の従業員は、清掃員2人と事務員1人のみ。一家は、家族、親戚、友人など計15人を総動員して清掃に取り組んだ。こうして翌月曜の朝には清掃を完了。同社は、初の大プロジェクトを見事に成し遂げた。「このプロジェクトのお陰で、経済的に非常に助かりました」(ホセフィーナ社長)

同社は、その後、月に2ー3社、年間25-30社の割合で着実に客数を増やしていった。現在では、顧客総数150社。日本の森精機製作所や、ヨーロッパで第二の規模を誇るショッピング・センター、バルセロナ・グロリアスなどの大手企業も含まれる。

カタルニヤには約1500の清掃業者があり、バルセロナの電話帳には500社の清掃業者が掲載されている。従業員数2500人という大手から数人の零細企業まで規模は様々だ。競争は激しい。

「基本的に、どの業者も提供するサービスは同じです。差がつくのは、価格と、顧客といかに友好な関係を保つかです」(チャビエル氏)

プロセルリンプ社の場合、経費が少なかった創業当時は、低価格でクライアントを獲得。その後、経費も増加し、それに見合った価格設定をしているという。

料金は、長期契約の清掃メインテナンス業務は、月決め、建設現場の清掃などは、一時間あたりいくらという設定だそうだ。サービス内容と料金は、個々のクライアントや状況によって異なるため、必ず見積りを提出する。「料金の範囲はだいたい決まっていますが、所在地、必要な清掃員や備品の数によって、料金は変わってきます」(チャビエル氏)

建設現場のような大きなプロジェクトの場合は、支払いが、業務を開始してから6カ月後になることも少なくないそうだ。そのため、同社では、こうしたリスクの高い大プロジェクトは、積極的には行なっていない。

「この商売で一番難しいのは、大きなプロジェクトの見積りです。何人の清掃員が何時間必要かという見積りを間違えると、赤字になりかねません」(チャビエル氏)

「地下鉄や空港などの公共団体や銀行などの大企業は、年に一度、清掃業者の入札を行ないます。他社とは違い、当社では入札には参加しません。もちろん、こうした大手の契約がととれば、大幅な売上増につながります。しかし、毎年、同じ契約が取れるとは限りません。毎年、契約が取れるかどうかを心配するよりも、小さくてもいいから、毎年、確実に契約をもらえるクライアントの方が大事です」 同社では、創業以来、5年間、サービスを提供し続けているクライアントが数社あるという。

「また、売上を大手1ー2社に頼っていると、そのクライアントを失なったときに、会社の経営に大きく響きます。当社のターゲットは、小規模のクライアントを複数得ることです」

電話帳の広告で、オリンピックの大きなプロジェクトを得た同社だが、広告は電話帳にしか出していない。「電話帳からは、これまで、非常にいい成果が得られています」 といっても、電話をかけてきた企業からすぐに仕事がもらえるわけではない。「たいていのクライアントは、数社に電話をし、各社から見積りを取った後に採用業者を決定します」(チャビエル氏)

例外的に、新聞広告を出したこともある。バルセロナ・グロリアスのような大きなショッピングセンター建設現場の清掃メインテナンスを担当したときは、電気工事、塗装、建築業者らと一緒に共同で新聞に一面広告を出した。「料金は高いですが、新聞広告も非常に効果があります。大手業者とともに広告を出すことによって、クライアントと競合会社の両方に対して、知名度と信用度が向上しました。広告を見た競合会社から、下請けで使ってほしいという問い合わせもたくさんありました」(チャビエル氏)

しかし、何といっても「最大の宣伝は毎回よい仕事をすることです」。同社の清掃チームは、一般の清掃員と、床磨き、ガラス磨き、高層ビルの窓磨きなどを専門とする従業員から成る。清掃員が清掃を終えた後、監督者が必ず点検をし、同社で定めるレベルに達していなければ何度でもやり直す。

最大の経費が、この清掃員の人件費(経費では、清掃員の人件費が占める割合が一番大きいそうだ)。ヨーロッパでは、特に、税金諸費が高く、たとえば、健康保険料は、雇用主が8割を負担しなければならないという。また、スペインでは、モロッコなどのアフリカからの移民が単純作業に就くケースが多いが、不法移民が法定最低賃金以下で清掃員として働くアメリカなどとは違い、労働法や労働組合によって清掃業も厳しく規制されているため、清掃員を低賃金で雇うことは非常に難しいという。

「当社の事務員の月給は、720ペセタ(約6.6万円)ですが、清掃員の給料も同レベルです」(チャビエル氏)

管理業務は、家族三人の間で分担している。チャビエル氏は、主に営業担当。問い合わせをしてきた企業を訪問して、見積り書を作成する。また大きなプロジェクトの場合は、その組織や管理も担当する。アンヘレス氏は、従業員の選別や勤務時間管理、清掃用品の配布を担う。ホセフィーナ社長は、主に現場で清掃作業の点検をするが、清掃員と肩を並べて清掃を行なうことも少なくないという。「うちの母は、自分の手は汚さないその辺の経営者とは違います。当社の清掃員が実際にどのようなサービスをどのように提供しているかを自分の目で確かめるのが好きなのです。そうすることによって、従業員ともよく知り合えますし、従業員にも経営者が彼らと同じように汗を流して働いていることを理解してもらえます」とチャビエル氏は語る。

同社が、他の清掃業者と違うところは、従業員と非常に良好な関係を保っているところだという。同社では、毎年、クリスマスに、従業員全員とディナーに出かけ、その後、踊りに行くというのが恒例になっている。「上司が清掃員全員とともに、クリスマスにディナーに出かける清掃会社というのは、他にはありませんよ」(チャビエル氏)

同社の成功要因は、「プロフェッショナルで、優れた人材」だとホセフィーナ社長は自負する。「清掃員全員が、優れた清掃業務を行なうだけでなく、ユニフォームや振舞いまで、プロフェッショナルなイメージを提供することの重要性を理解することが鍵です」 しかし、優れた人材を集め、維持するのは容易なことではない。「優れた人材を育てるには、時間がかかります。辛抱が大事ですね」とホセフィーナ社長はいう。

さらに、利益のほとんどを再投資し、常に最新の機器を導入していることも同社の成功要因のひとつだろう。チャビエル氏もアンヘレス氏も給料は月に12.5万ペセタ(約11.5万円)しか受け取っていない。「会社を始める前より、いい暮らしができるようになったし、これ以上の給料は必要ない。それよりも、最新の機械や備品を購入し、サービスを向上させることの方が大事」と兄妹は語る。

チャビエル氏もアンヘレス氏も学校教育は、義務教育の8年のみ。しかし、同社の経営を始めてからは、随時、経営や経理などの授業を取って経営の勉強をしている。同社で使用しているコンピューターソフトは、すべてチャビエル氏が開発したものだ。また、若い頃、学校教育を受ける機会を得られなかったホセフィーナ社長は、数年前、成人学校を卒業した。

一家は、朝は7時に仕事を開始。2時間半のシエスタを取った後、夜は10時まで、一日12時間以上働く。土曜日も午前中は出勤し、日曜日に清掃業務が入ることもある。しかし、「ただ毎日働くのが楽しい。もちろん、問題は毎日起こります。でも、それを乗り越えて、日々、自分と会社を向上させることにチャレンジするのが楽しいのです」というソレール一家の夢は、自社の事務所を購入することだ。


取材・文-----有元美津世
ベンチャーリンク誌96年4月号に掲載
Copyright GlobalLINKTM 1996

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