オンラインで情報を探して売るインフォメーション・ブローカー



<経済危機のドイツで新しい職種として人気>

 世界最高の人件費、400万ー600万人といわれる失業者、増大する福祉費、マルクの高騰による輸出不振など、ドイツ経済は、戦後最大の危機に扮している。ドイツ北部にある造船の町、ブレーメンでは、今年初め、ドイツ最大の造船所ブレーマー・ブルカンが債権者保護を申し立て、事実上、倒産した。従業員2.3万人のの半数が失業するといわれており、失業率がすでに15%に達しているブレーメンでは、失業問題がさらに深刻化することは必至である。

 そうした暗いニュースに沈むブレーメンで、「やっと今年から利益が出た」と喜ぶ起業家がいる。3年前にインフォメーション・ブローカーとして独立したライナー・モイッツ氏(36才)だ。モイッツ氏の場合、クライアントのほとんどがブレーメン外にいるため、地元の景気に左右されることはない。

 インフォメーション・ブローカー(IB)というのは、オンラインのデータベースなどを用い、クライアントが必要とする情報を探し出して売る商売だ。ホームビジネスが流行っているアメリカなどでは、近年、人気のビジネスであり、ドイツでも現在15%の割合で伸びつつある。

 モイッツ氏のクライアントは、ほとんどがコンサルティング会社であり、その顧客であるメーカーや広告会社のために、ドイツや他のヨーロッパ諸国の製品・市場情報を提供する。

<データベースを操れても優秀なIBにはなれない>

 しかし、IBの仕事は、情報を探して提供するだけではないとモイッツ氏は語尾を強める。「IBの仕事は、クライアントの問題を解決すること。企業が、新しい市場チャンスや競合会社の情報を入手したり、サプライヤーやパートナーを探すための手伝いをするのです」

 「大事なのは、問題を解決するためにベストの方法を探し出すことで、それに必要なのは創造性であり、オンラインとはあまり関係がない」

 一体何が問題なのか、何を調査すべきなのかを把握していないクライアントが多いため、クライアントと話をしながら、具体的なリサーチテーマに絞り込むというのが非常に重要なプロセスだという。たとえば、ドイツのコンピューター市場の情報がほしいといった漠然とした依頼が多く、「売上高や主要メーカーだけでよいのか、流通経路も調べるのかなど、具体的にどういった情報を入手すべきなのか、リサーチテーマを定めるのが、IBの仕事で非常に重要な部分です」 テーマによっては、そのフィールドの専門家の意見を仰ぐこともある。

 リサーチのテーマを定めた後は、どのソースを使ってリサーチをするかを決める。オンライン・サーチは、利用時間に対してデータベース使用料を取られるため、できるだけ効率のよいリサーチをするために、事前に念入りな計画を立てる。リサーチ後はデータの解釈をして、結果をクライアントに報告するが、データの解釈もIBの仕事において非常に重要な部分である

 ドイツのIBの草分け的存在として、新聞やテレビで紹介されたことのあるモイッツ氏のもとには、IBを目指す人々から多くの問い合わせが来る。IBになりたいという人は、たいてい三つの誤解をしているとモイッツ氏は指摘する。

 「まず、データベースを操れさえすれば、IBになれると思っていること。リサーチをして、その結果をクライアントに届けることが、IBの仕事だと思っているんですね。インターネットにアクセスさえできれば、IBになれると思っている人さえいる。しかし、IBにとって一番重要なのは、クライアントのニーズを理解するということです」

 「次に、IBになって、簡単にお金が稼げると思っている点です。これは、どのビジネスにも通じることですが、起業をして、それで食べていけるようになるには、それなりの時間と労力を要します。成功するには、踏むべきステップというものがあるのですが、それを理解している人が非常に少ない」

 さらに、「この商売では、情報を製品として扱う必要があるということを理解している人も少ない。情報をクライアントが満足のいくだけの製品に開発しなければならないのです。このように情報を真に製品として扱う商売は、他にはないでしょう。市場調査にしても、消費者など人を対象にしています。IBはそれよりさらに抽象的なのです」

<ドイツでも中小企業の9割は、オンラインに無関心>

 フランクフルト郊外で、今年初めにIBとして独立したミカエル・シュミッツ氏(29才)も、IBを目指してモイッツ氏に連絡を取った一人だ。保険会社で人事課長を務めていたシュミッツ氏は、子供のときからBBSに慣れ親しみ、仕事でもオンラインサービスを利用していた。「コンピューターとオンラインへの情熱とキャリアを組み合わせたかった」というのが起業動機だ。

 モイッツ氏と違い、シュミッツ氏はドイツに250万社あるといわれる中小企業を対象にしている。「大企業は、社内に調査部門をかかえていたり、または定期的にIBを利用しており、IBのことを理解していますが、中小企業のほとんどはIBなど聞いたこともない。彼らにそうしたサービスが必要であるということを理解させるのは、至難の術です」 シュミッツ氏によると、大企業の6割がオンライン情報サービスまたはデータベースを利用したことがあるが、中小企業の場合、9割がまったく利用したことがないという調査結果が出ているそうだ。

また、ドイツのテレコミュニケーションの発達の遅れも、IBにとって恵まれた環境とはいえない。たとえば、モイッツ氏もシュミッツ氏も、コンピュサーブに加入しているが、アクセスポイントが市内にないので、市外通話をかけることになる。電話料金の高いドイツでは、通信費の負担が大きい。さらに、電話の回線は、まだ半数がアナログであり、ISDNのアクセスポイントは、ドイツ全体で3カ所しかない。

 世界中に6000以上あるといわれるデータベースのうち、モイッツ氏は約2000、シュミッツ氏は約4500に加入している。ドイツ国内からしかアクセスできないデータベースがあり、これにアクセスできることが、ドイツの情報を提供するにあたり、他国のIBに勝る点だ。

 料金は、プロジェクトごとに見積もりを出す。モイッツ氏の場合、5万円ー20万円のプロジェクトが多いという。一時間あたりの料金は、一般的に約8000円ー1.5万円というのが相場だ。入ってくる仕事のほとんどが、一両日中に資料がほしいという急ぎのものだそうだ。

 場合によっては、仕事を断わることもあるとモイッツ氏はいう。「この予算内では、この手の情報はオンラインでは得られないというときがあります。満足のいく結果が提供できないのであれば、初めから請け負わない方がお互いのためですから」 ときには、その情報を得るのがいかに困難かということを知ることが、その情報を入手すること自体よりも、価値がある場合もあるという。

 大きなプロジェクトの場合は、パートナーと組むこともある。たとえば、モイッツ氏の場合、海外のメーカーからEUの環境規制調査など、環境関係のプロジェクトを請け負うことが多いが、そうした場合は、環境問題専門コンサルタントと組む。

<ゼネラリストとスペシャリスト、IBには2種類>

 IBには、モイッツ氏やシュミッツ氏のように専門分野を限らないゼネラリストと、法律や化学分野などを専門とするスペシャリストの両者がいる。モイッツ氏の場合、ゼネラリストを選んだのは、元々社会科学者であり、ビジネス社会での専門分野に欠けていたこと、法律分野を専門にしようとしたが、需要が少なかったこと、毎回、いろいろなテーマを扱える方が楽しいという理由からだ。「リサーチには多大なエネルギーを要しますから、個人的にそのテーマに興味が抱けなければ難しいですね」

 ゼネラリストの利点は、1)様々なテーマを扱える、2)市場が大きい、3)広い視野でリサーチができるため、提供できる情報の質が高い点だという。一方、不利な点は、毎回、違ったテーマを調査するのに、時間がかかることだ。

 これまで新聞やテレビで取り上げられたことのあるモイッツ氏の場合、現在のクライアントは、ほとんどそうした新聞記事やテレビ番組を見て問い合わせをしてきた。「IBというのは、まだまだ一般的に知られていない職業ですから、哲蒙活動を兼ねて、パブリシティが最も効果的だと思います」 これ以外に、コンピューター・フェアを開いて、ブリュッセルのEU委員長とビデオ会議を行なうなど、マスコミにとって魅力のあるイベントを企画することも怠らない。

 モイッツ氏は、以前、ブレーメン州にあるコンサルティング会社向けにDMを送ったことがあるが、効果はなかったという。「IBというのは、まだ生まれたばかり。現時点では、広告は効果的ではありません」 しかし、起業して半年のシュミッツ氏は、的を絞った新聞広告が一番効果があるという。これまでに建設業向けの入札情報提供サービスなどの新聞広告を載せて、集客に成功した。

<IB以外にも、個人や企業向けに研修も手がける>

 さらに両氏とも、コンピュサーブのフォーラム(インターネットのニュースグループにあたる)で、自分の仕事の話をしたり、質問に答えたりすることによって、クライアントを見つけることもある。インターネットに関しては、「ヨーロッパでは、インターネットの普及が遅れているため、マーケティングの道具としては適していない」(モイッツ氏)。

 モイッツ氏は、高校を出て4年間兵役を務めた後、大学進学。大学院で社会科学を勉強し、ブレーメン大学で助手を務めた。しかし、ストレスのたまる象牙の塔が嫌気がさし、独立を決意。「子供ともっと一緒に過ごしたいと思ったが、大学に勤めていては、それはできない。私は、まず何よりも父親でいたいですから」 そこで、自宅でできる仕事に就きたいと考えた。「今でも、私はまずは父親、次にインフォメーション・ブローカーです」 

 シュミッツ氏もIBとなって自宅で働くようになり、「毎朝、妻と一緒に朝食が食べられるのが何よりです。会社勤めをしていたときは、それは不可能でしたから」と自宅就業のメリットを語る。

 モイッツ氏は、独立して3年目になるが、生活費を稼げるようになったのは、今年が初めてだ。過去2年間は中学の教師をする妻のヤスミナさんが一家五人の家計を支えた。「初めて仕事が入ったときには、家族全員で祝いましたよ」

 「昨年がターニングポイントでした。この仕事で食べていけるかどうかを見極め、続けていくかどうかの決断しなければなりませんでしたから」 そこで、モイッツ氏は、「食べていける」と判断した。

 しかし、モイッツ氏は、万が一のときのために、IB以外に、オンライン研修も手がけている。ブレーメンの職業訓練所と組んで、失業者だけでなく、一般の個人や企業向けにオンラインサービスの使い方を指導する。同訓練所では、7年以上失業している人に対し、金属加工、木工、塗装などの技術訓練を提供しているが、94年に、モイッツ氏の提案で、オンライン・スクールを開始した。「オンライン・サービスの数は日々増大していますが、それに必要な技術を備えている人は少ないですから」とホンボルグ所長は語る。

 技術的な面でなく、ユーザーに焦点をあて、しかも職業訓練所が手がけたという点で、他に類のない試みだそうだ。同訓練所は、昨年、オンライン媒体への意識を高めるためのEU委員会のパートナーに選ばれた。

<インターネットなどの普及で今後もIBの需要増える>

 オンライン・スクールでは、まだ利益を出しておらず、今年、やっと損益分岐点に達する。テレコミュニケーションの遅れが目立つドイツでは、オンラインを利用する個人ユーザーは、まだまだ少なく、企業向け研修に力を入れていく予定だ。ちなみに、コンピューターを所有している世帯は、ドイツではわずか10%前後。国営のドイツテレコムによるオンラインサービス、Tラインの加入者が100万人、ヨーロッパ中にネットワークを持つコンピュサーブの加入者が15万人。インターネット利用者は10万人から20万人といわれているが、ほとんどが学生を含めた大学関係者である。

 ブレーメンは、造船業以外に主要産業はなく、ドイツ国内でも貧しい地域に属する。また、フランクフルトやミュンヘンのあるドイツ南部に比べ、革新的ではない。「クライアントと直接会って話ができないという点で、ブレーメンにいることは確かに不利です。しかし、そのブレーメンで私がIBとしてやっていけるのは、オンライン技術のおかげです。それがなければ、好きなブレーメンを去らなければならなかったでしょうから」

 「インターネットや他のオンライン・サービスがさらに普及すれば、IBは必要なくなるのではないかという人がよくいますが、私は逆だと思います。情報へのアクセスが容易になり、入手可能な情報量が増えれば増えるほと、的確な情報を探すということが難しくなります。これからIBの需要は確実に増えるでしょう」    
取材・文・有元美津世
ベンチャーリンク誌96年7月号に掲載
Copyright GlobalLINKTM 1996

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Uploaded on 11/23/96 at 8:40 p.m. JYM