イギリス


The Holding Company

収納用品専門店--イギリスの消費者を魅了したアメリカ生まれのアイデア

 99年に予定されている経済通貨統合に向け各国間の調整が難航している欧州連合。特にイギリスの単一通貨に対する態度が、今後の欧州連合の行方を大きく作用すると見られている。単一通貨導入に対する意見は、イギリス国内で分極化しており、イギリス国内経済に及ぼす影響に関し、激論が続けられている。  イギリス経済は、長年の経済低迷からやっと脱出し、わずかながらも安定した経済成長を見せている。小売販売も伸び始めており、消費者支出も、今年後半、大幅な伸びが予測されている。

 「低迷してきた小売市場を回復させるには、経営者側にも顧客に刺激を与える工夫が必要」というのは、オシャレな店が建ち並ぶロンドンのチェルシー地区で、収納用品の小売業を営むドウナ・ウォルター社長だ。彼女が経営するザ・ホールディング・カンパニーは、台所用品から衣類・アクセサリー、子供用品や事務用品まで、あらゆる用途向けの収納関連用品を販売している。

 同店は、寝室、バスルーム、台所、ホームオフィス、子供部屋コーナーに分かれており、各コーナーでは、各部屋のニーズにあった商品がそろえられている。たとえば、寝室コーナーでは、引き出しを整理するためのラック、バスルームコーナーでは、タオルかけやバスケットがついたクローム製ポール、台所向けには、包丁立てや鍋蓋置き、自宅で仕事をする人のためには、折りたたみ式ボックスオフィスなどが用意されている。

 社名のザ・ホールディング・カンパニーは、ホールドするものを売る店という意味と、持株会社という2つの意味をかけたものだ。

 ウォルター社長は、アメリカ東海岸出身。ニューヨークなどで、14年間、ショッピングセンターの開発やマーケティングに従事した。92年、仕事でイギリスに滞在中に、現在の夫と知り合い、仕事を辞めて渡英。

ロンドンで夫が所有していた古い家屋には、丈の長いスカートをつるせるようなクローゼットもなかったことから、この家を大幅に改装することに。ウォルター社長は、アメリカでのように、クローゼット整理の専門会社に来てもらおうと、電話帳で「クローゼット整理」というカテゴリーを探したが、そうしたカテゴリーは見つからなかった。アメリカには、個人の家に出向き、クローゼットに棚や仕切りを設け、整理の仕方をアドバイスするサービスがある。

そうしたサービスがないのなら、自分で整理をしようと、クローゼットの整理に役立つような収納用品を探し回ったが、そうした商品を扱う専門店も見つからなかった。アメリカには、収納用品を専門とした大型チェーンがいくつもある。

 結局、ウォルター社長は、収納用品を自分でデザインし、3ヶ月で自宅をオシャレに改装した。

このときの経験から、ウォルター社長は、イギリスには、収納スペースを有効に使って整理するという考えが欠けていることに気がついた。

 「消費者のニーズと市場の間に隙間がある。これは商売として成り立つかもしれない」

後に、これは、イギリスに限らず、ヨーロッパ全土について言えることだということもわかった。

94年初め、弁護士の夫のクライアントである投資家に「小売をやる気があるなら、出資してもいい」と持ちかけられた。夫には、軽い調子で「店でもやってみないか」と言われたが、大きなショピングセンターの開発を手がけてきたウォルター社長にとって、町の小さな小売店を経営することなど考えられなかった。しかし、13才で洋品店でアルバイトをしたときに、小売業の面白さを覚えたウォルター社長は、少し考えたのち、「チェーン店ならやってもいい。収納用品の専門店なら、他に誰もやっていない」と、事業開始の決心をした。

 出資者がいたからといって、資金繰りに苦労しなかったわけではない。

「これまでで一番大変だったのは、やはり、起業時の資金繰りでした」

 ウォルター社長は、事業計画書を作成し、資金集めに奔走した。現在、同社には、ウォルター社長自身を含め、3人の大株主と、2人の大株主がいる。

こうして、94年6月に世界各国から商品の調達を開始。95年1月に店舗を借りて、4月に開店をした。

店内のデザインは、やはりロンドンにあるウォーナー・ブラザーズ・スタジオストアを手がけたデザイン会社に依頼した。ニューイングランド風建築を基本とし、ウォルター社長のビジョンである「収納」「快適」「楽しみ」「ぬくもり」をテーマとしている。

 ウォルター社長は、ショッピングセンターの開発を手がけていたとき、アメリカとイギリスのビジネスのやり方の違いに驚いた。

 「イギリスでは、ショッピングセンターはすべてといっていいほど、年金資金で所有されており、リース契約は、25年にも及びます。センターにどんな店が入ろうが、所有者も経営者も気にもしない。アメリカでは、どの種の店舗の横にどの種の店舗を入れるか、店舗をどう配列すれば買物客にとって買物がしやすいか、売上が伸びるかということを念入りに研究する」

 また、イギリスとアメリカでは、消費者行動も大きく違うという。

「イギリス人は、物を買わない。ヨーロッパでは、持ち家率がアメリカより高く、若い人でもマンションを購入し、自由になるお金が少ないため、購買力が低い」

「アメリカ人は、とにかく気に入ったら何でも買って、気にいらなければ捨てるが、イギリス人というのは、気に入らなくてもいつまでも取っておく」(ウォルター社長)

 そうしたイギリス人消費者の購買欲を高めようと、ウォルター社長は、工夫をこらす。自らも「買物が大好き」という彼女は、買物客にとって、自分の店での買物を楽しいものにすることを心がけている。さらに、「整理整頓はつまらないもの、面倒くさいものである必要はない」という彼女のモットーを反映し、店内には、収納用品とは思えないような色とりどりの商品がところ狭しと並んでいる。

 商品は、世界中から仕入れられ、30ー40%がアメリカ、30%がイタリア、20%がイギリス、10%がアジア、5%がフランス産ということだ。ウォルター社長が自らイタリア、スウェーデン、スペイン、ドイツ、ニューヨークなどで探してきた商品もある。今、一番売れ行きがよいのは、ケニア産の色とりどりのバスケットだ。

「アメリカの製品は気がきいているが、ドライ。ヨーロッパの製品の方が楽しい」というのがウォルター社長の意見だ。

 顧客の6割が女性。年齢は10才の子供から70才のお年寄りと幅広い。ロンドンでは観光客が多いため、顧客の約4分の1が観光客だという。

 ウォルター社長は、毎週土曜、必ず自ら店頭に立つことにしている。

「この仕事をやっていて一番楽しいのは、お客さまの反応を見ることです。『この店のアイデアは素晴らしい』、『この店のおかげで自分の生活が整理できた』と言われるのが一番うれしい」

 彼女は、「小売というのは、楽しいものであるべき。楽しくなければ、やめた方がいい」と言い切る。

 しかし、ウォルター社長が追求するのは楽しみだけではない。彼女は、「ただ消費物を売りたいわけではない。人々の価値観に影響を与えたい」という大望を抱いている。「クローゼット伝道師」の異名をとるウォルター社長は、テレビやラジオ番組に出演し、「きちんと整理された家や事務所が、どれだけ生活の質を向上させるか」を視聴者に説く“啓蒙活動”にも忙しい。

 「収納用品が一つあれば、毎日、10分時間を節約することができるんです。生活にゆとりを取り戻そうというのが、整理・収納の基本概念なんです」(ウォルター社長)

「必要な物を探すために費やしている時間を取り戻す」ための第一歩は、まず、「自分がどれだけのものを所有していて、実際にどれだけのものを使用しているか」“棚卸し”をすることだという。そして、「過去2年間使ったことのないものは捨てること」

次に、「クローゼットのサイズを計り、どこに何を収納するかを練ること」 ウォルター社長は、使用すべきハンガーの種類から、衣服を並べる順序、そして、どういった収納用品を使えばよいかを丁寧に指導する。

 ザ・ホールディング・カンパニーでは、どうしても自分で整理ができない人のために、自宅まで出張してアドバイスをすることもある。「顧客の自宅まで出向いて、一日に250ポンド(約4万円)しか徴収できないコンサルティングは、割にあわないので、現在は、あまり力を入れていませんが、将来、チームを育ててコンサルティング業にも進出したい」とウォルター社長はサービスの多角化への意欲を見せる。

同社では、広告は一切使わず、広報会社を雇って、広報に力を入れている。ファイナンシャル・タイムズ紙やタイムズ紙などイギリスの主要紙や家庭雑誌のほとんどに、同店の紹介記事が掲載された。

 「これは、広告代に換算すれば、140万ポンド(約2.4億円)にも値するものです」 また、アメリカ人であるということが、広報に役立っているそうだ。「イギリス人は、『こんな奇抜なアイデアを思いつくのは、アメリカ人に違いない』と思うようです」

 94年の開店以来、売上は4ー5割伸びた。今年も同様の伸びが予測されている。 開店後、イギリス中から、「商品を購入したい」という手紙が殺到。ロンドン以外の消費者にも商品を届けられるよう、95年のクリスマス用に、初の通販カタログを作成した。価格は1.5ポンド(約250円)。同店を訪れたり、問い合わせをしてきた顧客1.5万人から成る自社製のメーリングリスト(郵送者名簿)をもとに郵送した。

 カタログによる一回の注文量は、顧客あたり平均50ポンド(約8500円)。収益率は10%だった。

 今秋には、さらに本格的な通販カタログの発行を予定しており、来年からは、年に4ー5回定期発行するつもりだ。前回、1.5万だったメーリングリストの記載数は、今では3万に倍増している。

同社では、当初、最終的にヨーロッパ全土に20店舗の開店を目指していたが、通販ビジネスの成長が目覚ましいため、店舗は5店舗に限り、通販に力を入れることにした。

 2店目は、今年後半、スコットランドのグラスゴーに開店する予定だ。その後、3年間に、年に2店舗の割合で新店舗を開く計画している。

「生活の質を向上させるための道具」をさらに多くの人に紹介しようと、ウォルター社長は、現在、新店舗開店のために、第2の資金集めに奔走中だ。


取材・文-----有元美津世
ベンチャーリンク誌 96年11月号に掲載
Copyright GlobalLINKTM 1997

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