コロンビア
コロンビアで最高のリサーチャーを自負する
多国籍起業向け市場調査会社
CICO(Centro de Investigacion del Consumidor
消費者調査センター有限会社)
- 代表者--------- サイダ・トレス
- 設立----------- 1977年
- 従業員--------- 正社員35名、契約社員125名
- 所在地--------- ボゴタ
- 業務内容------- 市場調査
<南米で成長を続けるコロンビア>
赤道直下に位置する南米の国、コロンビア−そのイメージといえば、コーヒー、麻薬、テロリズムといったところか。日本人にとっては、物理的にも心理的にも遠い国である。しかし、コロンビアの国別貿易量を見ると、日本は対輸入国としてアメリカに次ぎ第2位、対輸出国としては第5位の地位を占める重要な貿易相手国である。その主要輸出品には、コーヒー以外に、石油、鉱物、切花などがあり、エメラルド・金・石炭の産出国としては世界有数である。
意外に知られていないが、コロンビアは南米でも屈指の経済新興国である。80年代を通じての平均実質経済成長率はラテンアメリカで最高の4.2%であり、また、この間、国内総生産(GDP)が一度もマイナス成長を記録しなかった唯一の南米の国でもある。90年には、市場開放と海外からの投資誘致を狙った経済貿易改革5ヵ年計画が開始され、「世界の麻薬首都」の汚名返上と共に、いっそうの経済発展を目指している。北南米貿易自由協定の実現にも意欲を見せ、南米投資の盛んな米国では、コロンビアは、90年代半ばには「南米の虎」になると見る向きもある。
一方、国内経済に目を転じると、依然として失業率の高さが際立つ。人口流入の激しい都市部では、就職難のため、自分で商売を始める人も多い。この国では、従業員10人以下、資産27,000米ドル以下の「ミクロビジネス」と呼ばれる零細企業が120万余存在する。その半数が従業員1人、4割が5人以下、多くが自宅で事業を営む超零細事業だ。しかし、こうしたミクロビジネスが、この国の国内総生産の4割を占め、都心部の雇用の半分以上を供給している。
<大企業での試練>
サイダ・トレス社長の率いる市場調査会社CICO(消費者調査センター有限会社)も、1977年にそうしたミクロビジネスとして始まった。CICOでは、「企業経営者に、的確な意志決定を下すための道具として、消費者や市場要因に関し、科学的方法で得られた正確で信頼性のある情報を提供する」ことを事業目的に掲げている。
具体的には、消費者動向調査、製品・コンセプト調査、販売流通網調査や、味臭テスト、品質テスト、製品ミックステスト、パッケージテスト、メディアテスト、名前・ロゴ・イメージテストなど包括的なマーケティング調査を行なっている。設立当初は、パネル調査や面接法を用いた消費者行動調査を中心に質的調査を専門に行なっていたが、クライアントの要望に応え、3年後には、様々な質問法や観察法を用い、統計学を基にした量的調査も開始した。今では、量的調査が全仕事の6割を占めるに至っている。
元々心理学者であったトレス社長は、起業前は、ネッスル・コロンビア社で市場心理アナリストを務めていた。消費者の購買動機や知覚作用など消費者行動を潜在的に支配する心理的要因を調査分析し、それを基にネッスル社の主力製品であるスープやミルク製品のマーケティング戦略を作成するのが主な仕事であった。それ以外に、マーケティングという概念がまだ新しかった当時、マーケティング部を備えている企業は少なく、コカコーラ・コロンビア社やシェル・インターナショナル社など他の多国籍企業のためのマーケティング戦略の開発にも携わった。
このポストに就いた女性は、業界でトレス社長が初めてだった。そのため、セクハラは日常茶飯事であり、またプロとしての自分の能力の証明を強いられる日々が続いた。最大の敵は、他の女性社員であり、トレス社長は、彼女たちの嫉妬と憎悪の的となった。たとえば、自分の秘書に書類をタイプするように頼んでも、「セニョール〇〇の指示なしでは、できかねます」という返事が返ってくる。入社当時、彼女は自ら秘書業務もこなさなければならなかったという。
「ネッスルで過ごした毎秒がチャレンジでした」というトレス社長だが、彼女は負けなかった。ネッスル社での経験は、専門技術を身につけるための絶交のチャンスでもあったからだ。それから一年半、彼女はマーケティングのプロとしての自分の能力を証明し、同僚たちにも受け入れられるようになった。
<新しいチャレンジを求めて起業>
6年後、マンネリ化した仕事に物足りなくなった彼女は、新しいチャレンジを求めてネッスル社を去った。心理学者として開業したが、コカ・コーラ社や国際広告代理店のマッキャン・エリックソン・コロンビア社など、ネッスル時代のクライアントたちが、彼女の市場分析サービスを求めて診療室に押しかけて来るようになった。昔のよしみで手伝ってやることにしたが、先方は料金を払うという。ここで初めて、彼女は自分の能力に市場価値があることに気がついた。こうして、カウンセリングのかたわら、市場分析サービスを提供し始めたが、数カ月で、彼女の診療室は4人の社員を抱える会社へと変身し、さらに2カ月後、CICOが誕生した。彼女が30才のときである。
トレス社長と社員らは、手狭となった事務所を出て、一軒家を借りて事務所に改造した。当時、家賃を全額払うだけの資金がなかったため、間貸しをせざる得ず、CICO用には2部屋が残された。
「私たちはそれまでの癖で、ただ座って待っているだけだったのですが、口コミで次々とクライアントがやって来ました」 数カ月後、CICOは間貸しをする必要がなくなり、その後、社員も仕事量も増え、さらに大きな事務所へと移転するに至った。創立7年目の83年には、推定価格百万米ドル相当の自社ビルを購入。今では心理学・経営学・経済学の専門家である正社員35人、フィールドワークに携わるテンポラリーのスタッフ120人を抱える企業に成長している。社員の約9割は女性であり、トレス社長の娘二人も量的調査部門の責任者を務めている。
もちろん、最初から何もかもがうまく行ったわけではない。一番苦労したのは、社員の育成だった。「当社の資本は人です」という彼女は、社員のトレーニングに全力を尽くす。しかし、1年半かけてトレーニングした後、独立してしまう社員が後を絶たず、「何カ月もかかって人材を育てたと思ったら、また一からやり直し。これのくり返しでした」自分の育てた社員が、独立して競合相手となることも珍しくはなかった。彼女は、たとえ競合相手を増やす結果になっても、マーケティングのプロの育成がマーケティング分野全体の発展に寄与すると信じているため、今も多忙なスケジュールをぬって、セミナーの講師として招かれる度にコロンビア各地を飛び回っている。
また、3児の母親でもある彼女にとって、仕事と家庭の両立も苦労の種だった。起業当時、トレス社長の3人の娘はまだ幼く、「家庭を顧みていない、家族と一緒に過ごす時間が少ないと罪悪感に襲われました」 ある日、いつもより2時間早く帰宅することにした彼女を出迎えたのは、「宿題を終える時間がなかった」という娘たちの不平だった。「大事なのは、家族と過ごす時間の量ではなく、質であるということに気づきました」娘の一人、サイダ・ジュニアは「母は、精神的にも、キャリア面でも、私のロールモデルであり、常に目標達成のためのやる気の源となってくれました」と言う。また、「母は勇敢にも闘って、それまで男性だけに与えられてきた機会を若い女性が得られるように門戸を開いたのです」マチスモ−伝統的男らしさ−を重んじるラテンアメリカだが、トレス社長のような先駆者のおかげで、今日のコロンビアでは管理職に占める女性の割合が35%に達している。
<最高のチームをそろえて自己の能力を証明>
トレス社長がこれまで扱ったプロジェクトの中で、最も忘れられないのが、創立当初に請け負ったシェル・インターナショナル社の自動車用オイルのマーケティングだ。シェルの担当者もトレス社長のことは知っていたが、「車の下に入って機械工にオイルの好みを聞いて回るような仕事が、果たして女にできるのか」と疑っていた。その担当者は、彼女に向かってこう言った。「貴方には、この種の調査をするだけの能力があるんですか?」彼女の答えは、「私がこの国で最も優れたリサーチャーであることは、貴方もご存じのはず。これで、貴方のご質問には答えられましたでしょうか?」その答えに驚いた担当者は、「では、それを証明するチャンスを貴方に差し上げようじゃないか」「チャンスを差し上げるのはこちらの方です。全国で最も優れたリサーチャーと組めるチャンスをね」
売り言葉に買い言葉で答えたトレス社長だったが、実は、量的調査の伴ったフィールドリサーチを行なうのはそれが初めてだった。たんかを切った以上、何としても自分の能力を証明しなければならない。また同時に、業務分野を拡大し、新しいクライアントを得るチャンスでもあった。彼女は、最高の仕事をするために、最高のチームを組織することにした。心理学者など一流の専門家を集め、アルバイトのフィールド調査員を監督するフィールド調査主任も雇った。CICOでは、フィールド調査主任一人あたりのフィールド調査員の数が10-15人と、他社の半数である。正確なデータを集められるかどうかは、実際に回答者を質問して回るフィールド調査員の仕事にかかっているため、彼らの管理が鍵となるのだ。今でも、CICOでは、一つの調査に携わるスタッフの数が、同業他社の倍であることで知られている。
こうして、CICOはプロジェクトを成功させ、シェルの「リムラオイル」はコロンビア全国で知られる製品となった。トレス社長は「リムラは、私が苦労して産んだ子です」という。以来、13年間、シェルは、CICOのサービスを利用し続けている。
<最高のクライアントを得るための方程式>
CICOのクライアントには、シェルのように長年にわたる忠実なクライアントが多い。そして、そのほとんどが、シェルと同様、ケロッグ、ダウケミカル、BASF、バイエル、ペプシ、モトローラなどの多国籍企業である。CICOが多国籍企業を好むのは、国際企業の方がマーケティング戦略の重要性をよりよく理解しており、コストよりも質の高さを優先するからだという。言い換えれば、「この国で一番高級なリサーチャー」を自称してはばからないトレス社長のサービスを購入できるのは、こうした大企業だけなのだ。自社のサービスの質に関して妥協を許さないトレス社長が、仕事を得るがために料金を下げることはない。低コストを求めるクライアントには、その要望に見合った競合会社を紹介さえするという。
さらに、CICOでは、請け負った仕事すべてに対し、完全保証をする。つまり、クライアントが調査結果に満足しない場合は、料金は頂きませんというのだ。しかし、創立17年、未だ満足しなかったクライアントは現れていないという。「最高の人材+最高のトレーニング+密度の濃い調査+品質保証」−これが、「コロンビアで最高のクライアント」を得る方程式といえる。
CICOのサービスの質の高さは、同社がこれまでに授けられてきた数々の賞が物語っている。86年に授賞したコロンビア開発省からの品質名誉賞というのは、歴史的に大手メーカーが受賞してきたもので、サービス業に与えられたのはそれが初めてであり、また女性経営者が授賞した重要な賞としても初めてのものだった。授賞式では、そうした快挙を収めたトレス社長に、コロンビア大統領が自ら賞状を手渡したということだ。その後も、87年にはコロンビア品質管理協会から品質功績賞、88年には再びコロンビア開発省より国家品質賞を受賞した。
これまで事業目標や計画など立てたことのないトレス社長が、近年、初めて国際市場への進出という目標を掲げた。すでにチリやペルーなど南米諸国には進出しており、国際市場でも国内と同様のサービスの質を維持するため、調査の企画設計・指揮・コーディネートは国内で行ない、地元でのフィールドリサーチ後、データ処理と分析は国内で行なう。また、フィールドリサーチは地元の調査会社に依託するが、それを指導する専門家らは本国から派遣する。「世界中のマーケティングの専門家たちと知識や情報を交換し、マーケティングの進歩に貢献したい」というのが国際進出への動機だそうだが、一日も早く国際進出を果たし、娘に会社を譲って引退する日を待ち望むトレス社長である。
ベンチャーリンク誌95年4月号に掲載
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