<アメリカ西海岸便り>

性は規制されるべきか?軍のセックススキャンダル


  5月に帰国した際、コロラド州で起きた少女殺人事件が、日本国内で大々的に報じられているのに驚いた。もちろん、この事件は、当地アメリカでもショッキングな事件として扱われてはいたが、当時、アメリカのメディアを毎日にぎわせていたのは、陸軍のセクハラ裁判だった。
 これは、昨年11月にメリーランド州アバディーンにある陸軍教練所で発覚したセクハラ事件に関する軍事裁判で、教練所内で女性新兵の虐待を繰り返し行なっていた男性教官らが裁かれたものだ。調査の結果、過去2年間に、少なくとも51人の女性兵士がレイプ、暴行、性的嫌がらせを受けたことがわかり、25人以上の教練担当軍曹や教官らが取り調べを受けた。その結果、8人が刑事上性犯罪で告訴され、他の3人が軍事裁判にかけられた。
訴えられた大尉や軍曹らは、姦通、同意の上の性行為に対しては有罪を認めたものの、レイプの容疑は否定。一方、女性兵士らは、教官らは教練所内で女性新兵との性行為を競い合い、「事実を外に漏らせば、殺す」と脅かされていたと証言。91年の海軍での集団女性兵士暴行事件に続く大スキャンダルとなった。
 今回、明らかになったセクハラは、氷山の一角といわれており、事件発覚後、世界中の陸軍基地で調査が行なわれ、刑事上の取り調べを受けたケースは300件にのぼった。
 アメリカでは、約150万人の全兵士のうち、13%を女性が占める。ペンタゴンが、昨年、47,000人の女性兵士を対象に調査を行なったところ、95年だけでも、約半数が何らかのセクハラを受けていたという。しかし、このうちの6割が、報復を恐れ、正式に訴えることはしなかった。兵士らにとって、こうした被害を公にすることは、軍でのキャリアの終わりを意味するからだ。
 この陸軍セクハラスキャンダルに続いて、今年、起こったのが、空軍姦通事件。女性として初めて核兵器を搭載したB-52戦闘機パイロットとなった将校が、航空兵を妻にもつ男性とつきあったために、姦通罪および虚偽、命令不服従の容疑で軍事裁判にかけられることになった。有罪となれば、最高9年半の投獄という重い処罰だった。
 このパイロットは、エリート校の空軍アカデミーを卒業し、B-52訓練でトップの成績を収めたスター的存在であり、世論は彼女についた。女性議員らが、「女性であるがゆえに不当に重い罪を課せられている」と抗議。空軍は「魔女狩りをしている」という非難の的となった。
 世論に押された格好の空軍は、普通除隊と引き換えに、軍事裁判免除に同意。こうして、この花形パイロットは、普通除隊のため、軍人恩給を受ける権利もなく、アカデミー卒業後の服役期間が短いため、学費19,000ドルの2割の返済を迫られるという悲惨な結果で空軍を去ることとなった。(相手の男性は複数の女性とつきあい、妻に暴力を振るっていたことが判明。このパイロットは、ろくでもない男のために輝かしいキャリアを棒にふってしまったのだ。)
アメリカの統一軍事裁判法では、姦通罪が設けられており、昨年も67人の男性兵士が姦通罪で告訴されたが、この数は10年前の4倍にのぼる。200年も前に設定されたこの法律、今も指揮官と部下間の規律を守り、また何ヶ月も家族から離れて暮らす軍人の家族生活を守るために必要と軍側は主張するが、今回の事件で、基地の外での私生活、特に軍人ではない相手との関係を軍法で裁くのはおかしい、時代遅れの決まりだという声が高まっている。
一方、最近の数々の軍内セックススキャンダルのために、米国議会内では、男女合同教練を禁止する法案提出の動きが出ている。賛成派の意見は、「性的要求の強い若い男女を一緒に生活させるのは、火薬の横でマッチを持っているようなもの。士気に悪影響を及ぼす」というもの。
 一方、反対派は、「セクハラは、ホルモンの問題ではなく、権力の乱用であり、女性蔑視に基づくもの。軍内の職がすべて女性にも開かれ、女性が真の対等の仲間として扱われるまで消えはしない。男女別の教練は、女性は男性に劣るという考えを男性に吹き込み、セクハラ行為を助長するもの」と主張。真っ向から対立している。
安易に考えれば、セクハラや不倫をなくすには、男女を離せばよいとなるのだろうが、20年前、部隊や兵舎が男女別だった頃には、基地のなかで、白昼、女性兵士が集団レイプされたり、女子兵舎に夜な夜な男性兵士が押し入ったりということが日常茶飯事で起きていたというから、離せば解決するといった問題ではなさそうだ。
 アメリカのセクハラ・スキャンダルは、軍隊にとどまらず、国家の長である大統領にまで及んでいる。クリントン大統領がアーカンソー州知事時代に、性行為を迫られたとして、元州職員であった女性が、名誉毀損で70万ドルの賠償請求を起こしているのだ。大統領側は、容疑を否定。「任期中は民事訴訟の対象にならない」と免除特権を主張したが、連邦最高裁は、「大統領は法の上に立たず」と、裁判官全員一致でこれを却下。大統領の任期中にも、この女性は、大統領をセクハラで告訴できることになった。大統領側は、女性の名誉回復を条件に示談に応じるか、法廷で闘うかという苦しい決断を迫られている。
さて、海の向こうのこうしたセックス・スキャンダルを眺めるヨーロッパの軍人らは、「アメリカ人は、セックスのこととなると本当に子供だな」とあきれ顔。「姦通がB-52のパイロット、有能な将校であることと何の関係があるんだ」と怪訝な様子を示す。フランスでは、基地の中であろうがなかろうが、セックスは、プライベートな問題であるという認識が一般的であり、フランス軍でもイギリス軍でも、姦通を咎める規則はない。
 日本では、アメリカはフリーセックスの国のように思われているが、清教徒の伝統からか、アメリカでは、セックスとなるとなかなか厳しい面があり、常に大論争の火種となる。今後も大統領のセクハラ疑惑を始め、セックス・スキャンダルの嵐が吹き続けそうだ。

有元美津世/N・O誌1997年9月号掲載  Copyright GloalLINK 1997

Revised 10/31/97

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