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有元美津世のアメリカ西海岸便り

”開かれた司法制度”の象徴
  アメリカ陪審員の現実


 最近、友人二人が続けて陪審員を務めた。私のもとにもアメリカに来てすぐ、まだ学生の頃、間違えて通知が来たことがあるが、陪審員を務める義務および権利があるのは、アメリカ市民のみである。つまり、アメリカ国籍所持者であれば、一生に数回は必ずやってくるお務めである。

 まず、ジムが2ヶ月前に召喚された。ジムが勤める会社では、陪審員を務める場合、2週間給料が保証されているので、裁判の期間にかかわらず、2週間は務めなければならない。アメリカの企業では、必ず社則に陪審員を務めた際の有給に関する規定がある。有給を与える期間は会社によってまちまちであり、中には無給というところもある。

 「ホントに時間の無駄だ。あんなバカな奴らを相手に。こんなバカげた制度は廃止すべきだ」とジムは、陪審員を務める間は怒りまくり。

 今月に入り、大学教授のヘザーも陪審員として召喚された。大学教授の場合、学期中は授業があるため、わざわざ夏休みに召喚されるのだという。彼女の場合、休暇中なので、ジムのように陪審員を務める期間は限定されない。彼女は学校が休みの間はコンサルタントとして働くので、陪審員を務めている間は収入が減るのだが、「経済的に支障が出る」ことを証明できなければ免除されない。

 裁判はどれだけ長引くかわからない。それも、前日に裁判所に電話をして、翌日出廷しなければならないのかどうか、毎日確かめなけらばならないという。ヘザーの場合、裁判はすでに3週間続いており、彼女の怒りは頂点に達している。

 ヘザーは、ロサンジェルスの裁判所に召喚されたのだが、ロサンジェルスの裁判所だと遠すぎて子供を幼稚園に迎えに行く時間に間に合わない。そこで、託児所のあるサンタモニカ裁判所に変更してほしいと依頼した。すると「旦那さんに迎えに行ってもらえばいいでしょう」といとも簡単に言われたという。彼女の夫は建築事務所を経営しており、非常に忙しい。毎日迎えに行けるとは限らない。

 陪審員に対する報酬は一日5ドル。「そんなもの昼食代にも満たない!」と、彼女も既存の陪審員制度には非常に批判的である。

 陪審を引き受けるのは国民の義務であるが、実際には仕事などを理由に延期したり、さまざまな理由で免除をしてもらう(たとえば、子供や寝たきりの親の面倒を見なければならず、自分がいない間、他人に頼まなければならないが、経済的にそれだけの余裕がないといった経済的理由)人が多く、時間的に余裕のある引退者や主婦が務めるケースが多い。

 インターネット上では、「陪審員を務めないですむ方法」なるホームページがいくつも出ている。できたら召還されたくないという人は多いようだ。

 もともと陪審制度というのは、イギリスで民主主義、人間平等という理念のもとに誕生した。現在はイギリスよりも、「人民の人民による開かれた司法制度」を理想とするアメリカで民事、刑事裁判の両方で重要な役割を担っている。アメリカでは、司法への市民参加、政治権力の恣意から市民を自らの手で守るという民主主義の原則にもとづき、陪審審理を受ける権利は国民の基本的権利のひとつとして保障されている。

 しかし、現実には、陪審員選びというのは検察側と被告弁護側の駆け引きで行われる。検察側も弁護側もみずからに有利な陪審員、自分たちの展開する説を信じてくれる人たちを集めたい。大学教授やエンジニアなどの教育レベルが高い(本人たちによると「頭のいい」)人たちは、話を鵜呑みにしないため、陪審員には選ばれないと聞いていたが、ヘザーの話では、最近はこうした学歴の高いグループにも矛先が向いているらしい。

  OJシンプソン事件のときに、陪審員選びが話題になったが、被告の人種、陪審員の人種は非常に大きな要因だ。また、OJシンプソン事件など、マスコミでセンセーショナルに取り上げられた事件では、報道内容や姿勢による陪審員への影響も大きい。つまり、広報活動、マスコミ戦略で影響を与えることも可能であり、そのプロセスはかなり政治的な色合いが濃いのである。

 アメリカには、陪審コンサルタント会社なるものも存在する。これは、陪審員選択を手伝ったり、模擬審判を行なって陪審員と同じレベルの素人がケースをどのように判断するか、どういった演出が効果的かを分析したりするサービスを提供するビジネスである。

 自分が被告になった場合、ロースクールや職場で激しい競争を生き抜いてきたエリート裁判官に裁かれるのと、12人の素人に裁かれるのと、どちらがよいか。その辺にいるわけのわかっていない兄ちゃん、姉ちゃんを見ると、単純に12人の“隣人”に裁かれる方がよいとは思えないのである。


有元美津世/N・O誌1999年10月号掲載  Copyright GloalLINK 1997-1999

Revised 10/26/99

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