人事のアウトソーシング
VBに特化して急成長
アメリカでは、従業員100人以下の企業のほとんどが人事の専門スタッフを置いていないという。
こうした中小企業のために、人事部の役目を果たすのが、Professional Employer Organization (PEO)だ。PEOは、給与支払、源泉徴収、福利厚生、失業・労災保険、採用、職務記述書や従業員マニュアルの作成、労務管理、労働法規への準拠、社員研修、社員意識調査まで、人事に関するあらゆる業務を代行する。つまり、企業側は人事業務を丸ごとアウトソースでき、人事部を置く必要がない。
PEOが、人材派遣業や人材リース業と大きく違うのは、書類上、PEOが雇用主となるものの、社員は、元々、クラインアント企業が雇用していた社員であるという点だ。PEOと契約した時点で、クライアント企業の社員がPEOに移転されるが、従業員にとっては、実質上、何ら変わりはない。いわば、PEOは、従業員の共同雇用主となるわけだ。
84年頃から登場し始めたPEOは、当時の36社から、96年には2500社以上に激増し、PEOによって雇用される労働者数も、84年の1万人が、96年には250万人にのぼっている。
PEOのクライアント企業の従業員数は、平均43人。しかし、最近では、従業員が100〜200人の企業もPEOを利用し始めているという。
アメリカの中小企業には、健康保険や年金制度のないところも多く、また大企業よりも4割増しの労災保険を払っていると言われる。こうした企業は、一般に、PEOを利用することにより、3〜5%のコスト削減が図れると言われている。PEOでは、複数のクライアント企業の社員を合わせて、保険会社などと交渉できるため、スケールメリットを利用し、低料金を得ることができるのだ。また、中小企業にとっては、単独では得られないような、より充実した福利厚生を社員に提供でき、社員をリクルートする上で大きなプラスとなる。
サンフランシスコ郊外にあるトライネット社社長のバビネック氏が、PEOを始めたきっかけは、80年代後半に見られたスモールビジネスの増加、大企業からスモールビジネスへの雇用ベースの移行、スモールビジネスでの大企業並みの福利厚生の必要性、アウトソーシングの増加、雇用を取り巻く法律の複雑化という傾向が、長期的に続くものであり、「PEOは、こうした条件をすべて満たす」と見たからだ。
創立から2年、経営危機に扮していたトライネット社は、マーケティング戦略の大転換を図った。それまでは、他のPEOと同様、できるだけ広範囲に顧客を獲得しようとしていたのだが、ニッチを狙って、非公開の株式資本の援助を受けた急速に成長中のハイテク企業のみを対象にすることにしたのだ。ベンチャーキャピタルに支えられたベンチャー企業というのは、株式の換金を迫られるため、急速に企業を成長させる必要があり、時間的なプレッシャーを強く受ける。こうした企業にとって、最も貴重なのは、金銭ではなく、時間であり、一般に、技術と営業という要の部門以外は、すべてアウトソースしたいと考えている。また、アメリカのベンチャー企業というのは、社員50〜100人、インフラや売上はなくても、トップ企業から人材を採用し、経営手法は大手企業と同様である。社員も大手企業並みの給与や福利厚生を期待する。
「ニッチ市場に限定するというのは難しい決断だった」というが、ニッチ市場を対象にすることにより、「市場での差別化を図れただけでなく、対象市場で高い信頼が得られた」とバビネック社長は語る。ハイテクベンチャーという非常に特化した市場を対象としているため、一番効果的なマーケティング方法は、そこで信頼関係を築き、クチコミでクライアントを紹介してもらうこと。ベンチャーキャピタル、六大会計事務所、銀行、法律事務所などベンチャー企業を専門とする集団と信頼関係を築くことが鍵となるのだ。同社では、ベンチャーキャピタルとの関係を強化するために、ホームページで、ベンチャーキャピタルとベンチャー企業とを引き合わせる「ベンチャーリンク」を設けている。
マーケティング戦略の変更の結果、トライネット社は、月に5%以上の急性長を遂げることになる。95年には、インク誌が毎年選出する「最も急速に成長している企業100社」の12位に選ばれた。また、同年、24ヶ国に32社の人材派遣会社を所有するイギリスの大手人材派遣会社から390万ドルの資本参加を受け、インフラを整えることができた。現在、同社は、200近くの企業と契約し、43州で約3,000人の従業員を雇用している。
各クライアントには、人事マネージャーがつき、人事ポリシーから法規準拠に関するアドバイスまで、カスタムメードの戦略的人事プログラムが構築される。料金は、従業員数、提供するサービスの範囲、サービスにかかる時間によって決まり、給与、保険料、人事管理費など、実際にかかったコストプラス従業員一人あたり月50〜200ドル。クライアントは、総額をまとめて月ごとに支払う。
ハイテク企業を専門とする同社では、社内のコミュニケーションやサービスにも積極的にハイテクを取り入れており、エクストラネットを使ったセルフサービスでは、社員やクライアントは、社員データベースなどに24時間アクセスできる。たとえば、社員は、ネット上で、いくつかの福利厚生プランを検討し、自分に適したものを選んで加入することもできる。「こうしたサービスを提供しているPEOは他にないでしょう」とバビネック社長は自負する。
全米に2,500あるPEO。大手PEOによる中小PEOの買収、大手給与代行会社、保険会社、投資信託会社による参入など、すでに淘汰が起こりつつある。バビネック社長は、淘汰の末、「5年後には、今の半分のPEOしか残らない」と見ている。「生き残るのは、価格で競う低価格サービス業者と、当社のようにニッチを狙った高価格サービス業者でしょう。その中間はなくなる」
大企業に太刀打ちし、淘汰を生き残るためにも、「ハイテクベンチャー市場で全米ブランドとなること。全米展開は必至」とバビネック社長は考えている。現在、南カリフォルニア、ポートランド、ボストン、シアトルに事務所があるが、今後、アトランタ、デンバー、テキサス州オースティンなど全米のハイテク中心地に事務所を広げる予定だ。98年にはIPOを計画している。
同社は、アメリカにとどまらず、海外市場への進出にも意欲的だ。「日本やヨーロッパでも、福利厚生が徐々に政府から民間部門へ移行され、PEOへのニーズが高まるはずです」