はじめに
本書は、「ベンチャーリンク」誌(ベンチャーリンク社刊)で1996年から2000年にかけて連載した「ニュービジネス発掘」でインタビューしたアメリカのニュービジネス44社の中から28社を厳選し、特集記事で取り上げた"社会派アントレプレナーシップ"を実践する4団体とともに、最新の情報を追加して紹介したものである。
ほとんどのニュービジネスが取材時より業績をあげているのを知って、実にうれしく思った。中には日本の雑誌に取り上げられたことによって、日本企業と取引が始まったというケースもある。
インタビューした44社のうち5社が買収されていたが、M&Aの項で説明しているように、買収されるということはマイナスなこと、不幸なことではない。買収されたことにより、資金調達の問題がなくなった、より大きな市場にアクセスできたというメリットを得ている。メリットがあるからこそ、買収を選ぶのだ。
残念なことに、インタビューした44社のうち2社が倒産、1社が財政難のために店舗を売却したが、その3社も失敗例として失敗原因を分析解説した。
元気いっぱいの起業家たち
私はアメリカの起業家44人をインタビューする前には、「世界の実業家」という連載で、20カ国以上の起業家をインタビューした。起業家たちと話をするのは実に楽しく刺激になる。国にかかわらず、彼らに共通するのは、そのエネルギーレベルの高さだ。どの起業家も、非常に厳しいスケジュールで働いている。しかし、彼らから疲れが感じられることはない。それぞれの事業のことを語らせると、本当にそれが好きであること、情熱をかけていることが伝わってくる。彼らの頭の中は常に、いかに事業を向上させるか、成長させるかでいっぱいだ。彼らの生活、いや人生から、ビジネスを引き離して考えることなどできない。
そして国にかかわらず、成功するために必要なのは、勇気と根性、ちょっとしたアイデアとハードワークであるということだ。まさに「1%のひらめきと99%の汗」である。
あるスモールビジネスのコンサルタントは、「起業というのは誰にも向くものではない。ほんの一握りの限られた人向けのものだ」と言ったが、本当にその通りだと思う。日本でも、アメリカでも、私の周りには仕事の愚痴をこぼし、独立したいという勤め人はたくさんいる。しかし、その中で実際に起業する人はほとんどいない。
今年に入って、南カリフォルニアで勤めていたベンチャー企業がつぶれたために、3人のエンジニアから相談を受けた。3人とも転職するか、起業するかを迷っていた。3人とも在職中から、「いずれは起業したい」と言っていた。しかし、3人とも、結局、転職を選んだ。
日本人の友人にも、過去10年近く、「起業したい」「起業するつもりだ」と言い続けている人がいる。しかし、彼が起業することは一生ないだろう。彼が起業するチャンスは、これまでに何度もあった。だが、毎回、彼は"起業しない言い訳"を見つけていた。
起業しない言い訳を考えていたらいくらでもありキリがない。起業家というのは、「○○なのでできない」というのではなく、「どうしたらできるか」を考えるのである。
アメリカの調査では、起業をする人としない人では、学歴、収入、資産、また性格にも違いはないという結果が出ている。私の観察からいうと、起業を希望し、実際に起業する人としない人の違いは、最後に実行に移すかどうか、だけである。
実際に起業した人たちも、起業する前は考えて考えて、迷い抜いたのである。私も7年前に独立したときは、手持ち資金は生活費を入れて30万円ちょとしかなかったし、住宅ローンの返済が2000万円以上あり、かつ私の場合、アメリカで立ち上げるか、日本で立ち上げるかという選択肢もあった。考えを整理し、かつマーケティングをしようと、なけなしの資金をはたいて、日本に向かったのだが、行きの飛行機の中で「このまま飛行機が落ちれば決断しなくてすむのに…」と思った。(毎月飛行機に乗っているが、私は未だに飛行機が恐い。飛行機が落ちればいいと思ったのは、後にも先にも、そのときだけだ。)
「もし失敗したら…」ということを考えれば、うまく行かなかった場合のシナリオはいくらでも描ける。考えつづけても仕方がないので、最後には飛ぶしかないのだ。
言い訳無用
起業しない人の言い訳に、「起業資金がない」「銀行がお金を貸してくれない」「周りが反対する」「日本では起業家を支援するシステムがない」などがある。まず、日本でも成功した起業家というのはいくらでもいるのだから、日本では起業できないという言い訳は成り立たない。また、日本とアメリカの最大の違いは、そこに住む人間、国民性だと思う。アメリカ人の方がはるかに能動的であり、パイオニア精神に長けている。一般的に、彼らは自分のほしいものは自ら努力して得ようとする。これはビジネスの世界だけでない。あらゆる面において、日本の方が、他力本願、文句ばかり言って行動をしない人が多いのだ。
とりわけ「行政が起業家を支援する気がない」という批判は滑稽だ。資本主義を標榜しているはずの起業家が、行政をあてにすること自体がおかしい。真の起業家は行政などあてにしない。障害にぶつかっても、自分の力で道を切り開いていく。
日本はアメリカに比べ社会主義的である。何事においても受身の日本人は、行政を批判しながらも、困ったときは行政に頼り、かなり行政におんぶしている。規制が多すぎ、企業の自由な展開、自由競争をはばんでいると行政を批判する一方、困ったときには行政が支援をしてくれないと不満をいうのだ。
アメリカにも中小企業局(SBA)のローンなど公的融資はあるが、営利、非営利を含め民間セクターによる支援が中心である。日本では国以外に自治体レベルでもさまざまな融資制度があり、融資に関しては、日本の方が行政の支援は大きいのではないかと思う。
私は日本でも中小企業の経営者をたくさん知っている。日本にいる私の女性の友人はほとんどが小規模経営者である。彼女たちは、女性ということで男性以上の障害を乗り越えてきたが、彼女たちから言い訳や愚痴が聞かれることはない。障害にぶつかるたびに彼女たちが考えるのは、その乗り越え方である。
ビジネスを始めるには大変なエネルギーがいるが、ビジネスを継続していくにはそれ以上のエネルギーがいる。私が独立してまもなく、著書を読んでくださったカリフォルニア在住の日本人起業家が、「継続は力なり」という励ましの言葉を送ってくださった。独立して7年、私にはその言葉を痛感している。私が当時、理解していなかったのは、一旦、ビジネスを始めると後には戻れないということだ。何があろうが、前に向かって進んでいくしかないのである。
しかし、大変だがその報償も大きい。会社勤めでは得られないような金銭的報償もあるが、最大の報償は自分の人生のコントロールを得られることだろう。
本書では、アメリカのユニークなビジネスを28社紹介したが、アメリカのビジネスアイデアやビジネスモデルが、そのまま日本で通用するとは思っていない。日本では展開がむずかしいものもあるだろう。しかし、そのまま使えなくても、日本風にアレンジをしていただいたり、新たなアイデアのインスピレーションにしていただけるのではないかと思う。ちょっとした発想の転換、視点の切り替えで道が切り開けることも多い。また、国にかかわらず、起業家というのは同じような体験、苦労をしている。アメリカの起業家たちの苦労話、成功話が励みになれば幸いである。
最後に、度重なる編集作業をこなしてくれた孝くん、執筆の時間がなかなか取れず、途切れ途切れに原稿を提出する私に気長につきあってくれたダイヤモンド社の宮本さん、ありがとう。
有元美津世
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