戦争開始前に、日本在住の人たちからよく「アメリカ人の6割が戦争を支持していると聞いているが、本当か?」というメールを受け取った。戦争開始後はこれが7割以上に上がったが、反戦デモなどで見られる通行人の反応から判断しても、だいたいそんなところだろう。
1月にアメリカで行われたアンケート調査では、回答者の65%がアルカイダとイラクが協働していると答え、50%が9.11テロの実行犯にイラク人がいたと答えている。9.11テロの遺族にも「9.11の報復にイラクを攻撃すべきだ」と訴えていた人たちがいる。つまり、証明されていない疑惑や誤った情報に基づいて、人々が判断をしているということだ。
多くのアメリカ国民が、こうした判断をし、戦争を始めたい政府の主張を鵜呑みにしたのには、マスコミの影響も大きい。
ペンは剣に屈したのか?
昨年10月米国議会でイラクに対し軍事力を行使する権限を大統領に与える決議が通った際に、イラクが核兵器の開発用にナイジェからウラニウムを輸入しようとしたとするナイジェ政府発行文書が提出された。この文書は、それまで決議に反対していた議員を支持に回すのに役立つ"徹底的証拠"となる重要なものだった。その大事な文書が、今年になって偽造文書であることが判明したのだが、アメリカでは大したニュースにはならなかった。
フセイン元大統領の娘婿で、イラクの大量破壊兵器プログラムの責任者であった故フセイン・カメルは、95年の亡命後、米英にイラク攻撃の鍵となる重要な情報をたくさん提供した。しかし、同時に、「湾岸戦争後にイラクは化学兵器、生物学兵器をすべて破棄した」とCIAやM.I.6(イギリスの諜報機関)、国連に話していたという事実が、ニューズウィーク誌に掲載(2003年3月3日)された。証言のこの部分は米英政府に無視されたわけだが、ワシントンポストが「カメルの証言は信用できない」という趣旨の記事を載せたくらいで、他のメディアに取り上げられることはなかった。ニューズウィークの記事も目立たないところに掲載された短いもので、タイトルも「亡命者の秘密」という記事の内容を反映しないものだった。
さらに、国連でイラク攻撃の是非が議論されている間に、アメリカ政府がイラク攻撃への支持を勝ち取るために安全保障理事国代表に対しスパイ行為をしていたことが英紙によってスクープされ、この情報をリークしたという疑いでイギリス政府職員が逮捕され、国連も調査を開始したのだが、アメリカではほとんどニュースにはならなかった(海外より遅れて報道された内容は「国連でのスパイ行為盗聴するのは日常茶飯事のことで珍しくもない」というものだった)。英紙や米国内独立系メディアでは、「アメリカではなぜニュースにならないのか?!」とその報道姿勢に疑問が投げかけられていた。
率先して星条旗を振るメディア
今回の戦争に関する報道では、「アメリカのTVニュースは、海外のメディアとは違う惑星について報道しているようだ」という批判が聞かれ、イギリスBBCの社長がアメリカのTVニュースの戦争報道姿勢を批判したくらいだ。実際、政府寄りの情報しか提供しない主流メディアに愛想をつかし、イギリスやオーストラリアのメディアのウエブサイトや、国内の独立系メディア(ラジオ、新聞)から情報を得るアメリカ人が増えた。私もそうした一人だが、アメリカ主流メディアの報道姿勢は"愛国的"以外の何ものでもなかった。
たとえば、全米各地、海外で反戦デモが盛り上がる中、反戦デモの様子は、なかなか主流メディアでは取り上げられなかった。2月、世界各地で最大の反戦デモが行われた日、南カリフォルニアのABC系テレビ局が、ロサンジェルスで何万人もが参加したデモを映し出したのはせいぜい2分ほど。その横にいた数人の戦争支持者のデモのインタビューにその倍以上の時間を割いていた。そして、新聞では反戦デモに関する記事には、ほとんど必ず、ずっと規模の小さい戦争支持者のデモの話が盛り込まれていた。
CNNではイラク政府のプレスブリーフィング中継中に、アメリカを批判するイラク情報相にいらだったキャスターが、「ここで中継を中断します。どうせアメリカ政府は情報相の言うことはほとんど否定しますから」と中継を中断するという場面も見られた。
テレビでは、犠牲になったイラク市民が映し出されることなどほとんどなかった。アメリカ軍、イギリス軍の戦死者数は毎日報道される一方、イラク市民の犠牲者数が語られることはない。(米軍は「当方では死体を数えたりはしない」と言い放った。)とくにアメリカの地方テレビ局や新聞では、戦争に関する報道は、中東に向かう兵士たちとその家族、戦死した兵士とその家族の(感情に訴える)話が中心だった。
もはや戦争もエンタテイメント
地元大手新聞社に勤めるアメリカ人の友人(中道派で、決してリベラル派ではない)は、自社の新聞でイラク人の犠牲者に関する報道がまったくないことに苛立ち、上司に「もっと戦争の実態を伝える報道をすべきだ」と進言しに行った。
彼は開戦後まもなく、戦争をビデオゲームのようにしか映し出さないCNNの報道に腹を立て、「もうCNNは一切見ない!」と宣言していたのだが、上司に「CNNの戦争の報道の仕方にはウンザリする」と話を切り出したところ、「私はFOXニュースから目を離せない」という返答が返ってきて、言葉を失った。
FOXニュースというのは、メディア帝王のルパード・マードックが所有するニューズ・コーポレーションの傘下にあるニュースCATV局だが、タカ派マードックの個人的政治思想を流すとして批判を受ける一方、9・11のテロ以来、視聴者の愛国心に訴えかけ、ライバルのCNNを抜いて視聴率を大幅に伸ばしている。
アカデミー賞の授賞式の日にハリウッドの反戦イベントに参加したときのことだ。多くのメディアがイベント主催者をインタビューするのをつまらなそうに見ていたFOXニュースのレポーター(ベルトのバックルは星条旗のデザイン)は、反戦デモ者をなじる戦争支持者が通りかかった途端、彼に飛びつき、長い間インタビューしていた。(反戦イベントの取材に来たのではなかったのか?!)
そんなFOXニュースを愛好している上司に、「もっと中立な報道をすべきだ」と言えば、彼は職を失うかもしれない。
報道と娯楽の境界がはっきりしなくなって久しいが、軍隊とともに戦場を移動するジャーナリストが生中継を行った今回の戦争では、「ミリティンメント(military+entertainment)」という言葉さえ生まれた。戦争もエンタテイメントのひとつに過ぎないのである。(ちなみに、戦場からのニュースで軍車両のハマーを見た視聴者が「かっこいい」と購入するケースが増え、ハマーは売れ行きを伸ばしている。)
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