中国
大学教授が健康飲料を発明して起業家に
上海交大昂立生物制品有限公司
- 代表者-------藍先徳
- 設立---------1990年
- 所在地-------上海
- 売上---------9千万元(約11億円)
- 従業員-------312人
- 事業内容-----バイオテクノロジーを用いた健康飲料の開発・製造・販売
<商売は「きたないもの」だが、起業家は人気職業>
1986年より経済開放改革政策を打ち出した中央政府の下、中国では私企業が急激な
勢いで伸びている。1993年半ばに中国社科院が民間部門を対象に行なったアンケート
調査では、私企業の数は18万4000社、従業員は総数300万人、登録資本金は総額410億
元(約5200億円)にのぼったという。これは、前年比225%の増加だそうだ。別の調査
では、私企業の数は50万にものぼり、1800万人の起業家が存在するとも報告されている。
これらの数字は公式なものであり、政府の弾圧を恐れて公表を避ける企業もあるため、
実際にはこの倍の私企業が存在するともいわれている。 また、1990年に、国内総生産(GDP)
の1%を占めた民間部門の生産量は、2000年には、2割に達すると予測されている。
中国では、儒教や共産主義の影響で、伝統的に商売はきたないものと見なされ、特に
政府役人や知識人たちの間ではさげすまれてきた。しかし、北京で政府高官が
「赤字の国営工場をいかにすれば黒字に転換できるか」と頭をひねっている間に、
南部の海岸沿いの町や村は起業熱にわき、成功した起業家が次々に現われている。
中には市をあげて事業起こしに精を出しているところさえあるという。
このビジネス指向は、特に若い世代に顕著で、あるアンケート調査では、若者の
就きたい職業の第1位が起業家、以前は常に1位であった国家公務員というのは
16職種中、8位にまで人気が落ちているということだ。
<大学教授が起業家に>
バイオテクノロジーを用いた健康飲料を製造販売する上海交大昂立生物制品有限公司
の創始者、藍代表も、そんな中国新進起業家の一人である。彼は、90年、他の助教授
3人とともに同社を創立した。
共産主義の下、万人平等精神のため、大学教授も、医者も、工場の労働者も、
レストランのウエイターも、賃金はほとんど変わらない。大学教授も医者も、
尊敬に値する職業とは見なされないし、いくら優れた研究開発をしても、
御蔵入りである。
「教授として、研究者として、ハイテクの技術者としての知識が無駄にされている
と感じたものです」と藍代表は語る。
ビジネス社会に足を突っ込んだ今、「私のように、大学教授が起業家となれば、
自分自身だけでなく、社会にとっても利益をもたらすことができる」という。
藍代表と、他の創始者三人は、上海交通大学を卒業後、助教授として同大学に
勤務していた。彼らは昂立一号(オンリーワン)発酵工学グループを結成し、
6年間の研究の末、菌株8901番を発見、昂立一号飲料を開発した。彼らは、この
画期的な研究成果をそれまでのように日の目を見ず、眠らせる気はなかった。
4人は貯金を出し合い、友人から借金をし、総額4万元(約50万円)で事業化に
乗り出した。
しかし、科学者であり、大学教授である4人にとって、ビジネス社会はまったく
の未知の世界である。昂立一号を早く市場に送り出そうとあせった彼らは、
全資金を広告宣伝費に費やした。残念ながら、この試みは失敗に終わった。
事業化をあきらめるつもりのなかった彼らは、貯金を使い果たした後、
投資家を見つけざるを得なかった。しかし、彼らは資金集めをしたことも、
商売の交渉をしたこともない。また、知識人の間では、「商売はきたない」
という考えが残っており、周りからも大学や教授が商売に関わるべきではない
という批判を受けた。さらに、大学や教育機関が始めた事業は失敗する例が
多かったため、当初、大学側は事業化に非常に消極的だった。
投資家探しに走り回った結果、ついに、製造工場を提供してくれるという町が
見つかった。上海の郊外にある松江という小さな町だ。中国では、雇用の増加や
地域経済の発展のために企業誘致を促す市町村が増えている。
特に上海交大生物制品公司のように大学のサポートを受け、高度な技術をもった
企業は大歓迎だ。経営者側にとっても、事務所の家賃が平方メートルあたり月に
1200元もする上海市内にくらべ、家賃も税金も安いその町は工場地として最適だった。
製造工場入手にこぎつけた4人の助教授に対し、大学側も、開発技術も投資分
とし、株式の4割を所有するという条件で、資金の2割を出資してくれることになった。
こうして、総額36万元(約500万円)の資本金が集まり、上海交通大学生物制品株式
会社が設立された。
<地道なマーケティングで急成長>
しかし、ビジネス経験のない彼らにとって、次の難関はマーケティングだった。
「当初、市場のことなど何も知りませんでした。知っていたのは、開発した製品
のことだけ。これが、消費者に受け入れられるかどうか、非常に心配でした」(藍代表)
昂立一号は市場でまったく無名であり、同社には広告費もなければ、営業要員もいなかった。
4人は、自ら三輪自転車の荷台に製品サンプルを載せ、何軒もの流通業者や小売店
に売り歩いた。一日かけて小売店に製品の特徴を説明したり、上海の中心部で通行人
にサンプルを配り、試飲してもらう日々が続いた。同時に、消費者と政府の承認を得る
ため、臨床テストを重ね、製造技術の向上を続けた。
一年目の91年の売上は27万元(約360万円)、純利益は12万元(約160万円)。
資金は回収できず、出資者である大学からのプレッシャーは強まった。
しかし、同社は、他社のようにテレビコマーシャルなどの広告宣伝に頼らず、
上海市内の大病院や医科大学、免疫検査所など外部の機関でも臨床テストを行ない、
テスト結果を新聞や専門誌などで紹介した。また、各地の大学から有名な医者や
科学者らを講師として招いてセミナーを開き、消費者に対し、昴立一号の正しい
使用法や健康促進方法などを指導した。
こうして、昂立一号の効能が消費者に知られるようになり、92年には売上300万元
(約4000万円)、純利益46万元(約600万円)、93年にはそれぞれ5000万元
(約6.7億円)、1200万元(約1.6億円)、94年9000万元(約11億円)、
2700万元(約3.4億円)と急成長を遂げた(グラフ参照)。
現在では、昂立一号愛用者の数は400万人にのぼる。
また、同製品は、1993年に第二回上海科学技術博覧会で金賞、中国消費者によって
最も歓迎された健康飲料賞を受賞。1994年には、第一回全国健康飲料博覧会で金賞
を受賞をしている。
こうした飛躍的成長にもかかわらず、同社は新製品の開発と製造技術の改善努力
を続けている。昨年、生産能力の大幅増加のために、近代的な製造ラインを増設。
1000万元(約1.3億円)の設備投資を行なった。さらに、昨年、競争会社を買収し,
今年は、新製品の発売も予定している。
<バイオ利用の健康飲料>
さて、この昂立一号とは、一体どういった製品なのだろうか。自然食品・健康食品
のメッカである中国といえども、バイオテクノロジーを駆使して開発された健康飲料
というのは数少ない。3000社以上のメーカーがしのぎを削るといわれる
400億元(5千億円)相当の中国健康飲料市場でも、バイオテクノロジーを用いた
健康飲料を製造する主要メーカーは、同社以外に3社のみ。
(もう一社の天王社は同社が買収。)そして、各社がそれぞれユニークな技術を
誇っている。
伝統的な健康飲料といえば、栄養成分を補うものという考え方が一般的であったが、
昂立一号は栄養を補充するだけでなく、人体を洗浄する効果がある。
昂立一号の主な働きは、有害物質を分解し、ビフィディス菌や乳酸かん菌などの
有益なバクテリアの成長を促すというものだ。昂立一号は、大豆・ブドウ糖・
酵母菌・鉱物塩などの天然物に、昂立一号バイオアクティブ微生物を加え、
バイオ変換して作られる。主要成分の昂立一号バイオアクティブ微生物には、
ニトロソ基や遊離基などの人体中の廃棄物を取り除く効用があるそうだ。
昂立一号は、消費者のための健康促進だけでなく、一般患者やガン患者の治療、
リハビリテーションなどに用いられている。病院などの臨床実験の結果では、
昂立一号には、消化器系や循環器系疾患の治癒、ガン予防、免疫力の増進に効果
があることが判明しているという。
末端価格は1本500mlで40元程度(約500円)。一般に、消費者は一ヶ月に3本
の割合で消費するそうだが、労働者の平均月給が1000-1500元(約1-1.5万円)
というのだから、決して安くはない。
当初、創始者自らが製品を売り歩いたが、今では、医薬品と食品の両方の
流通ルートを用いて販売している。
「我々は誇大広告は使いません。我々の教授・研究者というイメージをもとに、
製品の信頼性に焦点をあてています。昂立一号が他の健康飲料と違うところは
そこだと思います」と藍代表は語る。
たとえば、本社ビルは、上海交通大学の向かいにあり、博士棟と名づけられ、
会社のアカデミックなイメージに一役かっている。
また、同社の社員のほとんどが上海交通大学の卒業生であり、優れた人材を
雇用できるのも利点だろう。すでに高等教育を受け、テクノロジーやマーケティング
に関する基礎知識を備えた人材を、さらにマーケティングやマネージメント分野
でトレーニングする。 「我々の成功要因の一つは、科学者らが直接市場に出
ていったところでしょう」(藍代表)
<百年大計で海外進出も図る>
同社は、上海で国が認可した4経済開発地域の一つ、曹河径地域に位置する。
同地域は、上海交通大学以外に、上海教育学院や上海華東化工学院など20以上
の大学と120以上の研究機関、そして、ハイテク関係の外資系企業やジョイント・
ベンチャーが60社以上存在するハイテク商業地域である。特にバイオテクノロ
ジー産業では、世界的にも一流の生物学者を大量に生み出し、かつ薬草など天
然資源の豊富な中国が、注目をあびている。これに目をつけた香港企業が、
いち早く、中国の研究機関と提携関係を結んでいる。
上海交大生物制品有限公司の長期目標は、海外市場への進出だが、すでに、
日本を始め、アメリカ、イギリス、韓国、シンガポール、フィリピン、マレーシア
などから、昂立一号に関する問い合わせが来ているという。同社では、まず、
食生活が似ており、消化器系疾患による死亡率の高いアジア市場に進出する構えだ。
教授時代の月給1600元の何倍もの収入を手にした藍代表だが、「我々は成金
指向ではない。我々が目指すのは百年大計です」と中国伝統の長期的展望を忘
れてはいない。
取材・陳暁東
文・有元美津世
ベンチャーリンク誌95年5月号に掲載
Copyright GlobalLINKTM 1996
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