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有元美津世のアメリカ西海岸便り

親も子どもも教師も命がけ
アメリカ学校事情


  アトランタに住む友人マキの4歳の娘が来年幼稚園に入園する。エスカレート式で高校まで行ける私立に行かせるので受験があるという。まずは、私立に行けるだけの能力があるかどうかを確かめるために、言語病理学者に自宅に来てもらい、テストを受けた。2時間にわたり、運動神経、視覚識別力、ボキャブラリー、論理思考力などのテストが行なわれた。料金は220ドル。このテストの結果によって、だいたいどれくらいの学校であれば合格可能であるかをアドバイスしてくれ、成績が悪ければ「私立の幼稚園を受験しても無駄ですよ」ということになるらしい。受験のための予備校もあるそうだ。

 このテストにパスした後は、幼児心理学者の評価を受けなければならない。個人で面接を行なった後、他の子供たちと遊ばせ、さらに評価するという。料金は、それぞれ250〜350ドル。入学までに、すでにかなりの出費となる。

 この学校からは、イェールやプリンストンなど東部の名門私立大学に入学する生徒が多いらしい。娘には医者か宇宙飛行士になってほしいと願うアキ夫妻。「私立に行かせたいが、学費が高くてやれないので、公立に行かせるしかない」と学校が優れているという評判の校区に高級な家を購入。しかし、「公立では非行に走ったりすることが多く、教師はそんなところまで面倒見てくれない」と子供を持つ周りの親たちに言われ、私立にやることにしたようだ。娘にバレーを習わせているが、「行儀が悪いので、来てくれるな」と2度も追い返されたらしく、学校に入ってもろくなことをしでかさないのではないかと心配なのだ。

 ロサンジェルスに住む友人ヘザーも、息子が小学校に入るのを機に、ロサンジェルス市から隣の市に引っ越すことを考えていた。マキと違って非常にリベラルな大学教授の彼女。校区の差別につながるようなことはしたくない。自分の妹が息子を私立にやっているが、「あんな横柄な子に成長してしまった。公共の場で子供が騒いで他人に迷惑をかけていても、親たちは注意もしない」と批判的だ。しかし、ロサンジェルスの公立学校では、息子の命にかかわるかもしれない。

 ヘザーは公立、私立ともにいくつもの学校に問い合わせ、実際に授業を見学し、教師や親たちにも話を聞くなど、念入りな調査をした。結局、校区は違うが、全米でモデル校となり、クリントン大統領も訪れたことのあるロサンジェルス市内の公立学校を選んだ。この学校では、校区外に住む生徒は抽選で受け入れているが、ヘザーは無事当選。一度当選すると、妹弟は無抽選で入学することができるため、次男も自動的に入学できる。息子が中学、高校に進むときには、また念入りな学校調べをするつもりだという。

 学校で命がけなのは生徒だけではない。教師もそうだ。アメリカでは、教師が生徒の暴力などに対し生徒とその親を訴えることは珍しくない。友人のジャネットが教鞭を取るアラバマ州の中学では、「校長が、“生徒が手におえない場合は、どんどん訴えるように”と教師の権利を保護する姿勢だ。

 ジャネットは、以前から「ここにも大都市のダウンタウンと同じような問題があって困っている」ともらしていた。彼女の学校はアラバマでも都市部ではない、小さな町にある。私もその町を訪ねたことがあり、「こんな田舎に都市部にあるような問題が、どうやって存在するのか」と半信半疑だったが、数年前のある日、ジャネットからショッキングな手紙が届いて、彼女の学校が抱えている問題を信じざるを得なかった。教え子が銃で別の生徒を撃ち殺したのだという。長年教師をやっているジャネットも、これは初めての体験で、非常にショックを受けていた。

 ある日本人の友人は、一時、高校で数学教師になることを考えていたが、童顔で彼女自身が高校生くらいにしか見えない。アメリカ人の夫に「アメリカの公立高校の教師なんて、君には肉体的にも精神的にも絶対に無理だからやめた方がいい」と言われ、断念した。

 今年に入って、ある高校の教師が、生徒の吸ったタバコの煙にさらされた後、医者に行かなければならなかったと、生徒とその親を訴え、治療費とアレルギーの薬代57ドル、さらに精神的苦痛に対する賠償金を請求した。教師暦30年のこの男性はタバコに対しアレルギーで、生徒がトイレで吸うタバコの煙にさらされるたびに、ノド痛、頭痛、鼻づまりに苦しみ、「もうたくさんだ」と思ったという。賠償金はチャリティに寄付をするか、生徒の親に返却するつもりだというので、生徒に禁煙を辞めさせるための見せしめでもあったのだろう。結局、教育委員会がこの教師を謹慎処分とし、彼は訴えを取り下げたが、生徒の喫煙をやめさせるには、これくらいしないと駄目かもしれない。

 日本でも学校の荒廃は深刻化している。解決策は訴訟しかないのだろうか。


有元美津世/N・O誌1999年8月号掲載  Copyright GloalLINK 1997-1999

Revised 8/25/99

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